2012年06月01日

9月のブータン旅行6 旅のハイライト、タクツァン寺院

車(セダン)Day 7
6日目は一日中ドライブ。今までの道を戻り、初日に降り立った空港のある町、パロにたどり着いた。
そして、7日目がこの旅最大の目玉!
タクツァン寺院、通称タイガーズネスト!!
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仏教をブータンに持ち込んだ僧侶グル・リンポチェが、飛ぶ虎の背中に乗って降り立ったという言い伝えのある山の崖に建てられている寺院。
チベット仏教の聖地。

三時間かけての山登りを、朝一で開始しました。

登り口に差し掛かるあたりで、私たちのガイドのチミーが、「先に登ってて」と。
何か車に忘れたらしい。
そのうち追いつくだろうと、ちょっと後ろを気にしつつ、私たちは登り始めました。

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ちょっと登って、見下ろす。

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目的地はまだこんなに遠い・・・。
結構ハードな山道です。

それにしてもチミーはまだ追いついて来ません。
途中で休憩所(小さな小さな食堂)があったから、めんどくさくなってそこで休んでるんちゃうかな。と思いつつ、まぁそんなに気にせず登ります。
途中ですれ違う人たちに、「あんたたちのガイドはどこ?」と何度か聞かれながら・・・。

そしてそして。

もうそろそろ3時間くらい登ったんでは?と思っていたら・・・

見えてきた!
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本当に崖っぷちに建てられているのを実際に目にしたら、やっぱり感動します。
あんな場所に建てるのには、どんな苦労があったことか。

建物が見えてきたので、ここまで来たら後ちょっと。
滝の前を通って・・・
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ついに入り口に!
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ついに、追いついて来なかったチミー。
ガイドさん無しで寺院の中に入れてもらえるのかなぁ、と心配していた私たち。
すると、
「お二人、チミーのお客さん?」
と聞いてきた別のグループのガイドさんが。
そうです、と答えると、
「チミーは途中の休憩所であんたたち二人を待ってるから、僕が寺院の案内をします」
って。

途中の休憩所でチミーに会ったこのガイドさん。私たちのガイド役を頼まれてきたらしい。
やっぱりチミー、めんどくさくなって途中で休んでたんやね・・・。
言付けを頼まれていたこのガイドさんに、ちょうどここで会えてよかったよ・・・。

とにかく、代わりのガイドさんもいることがわかったので、これで安心。いよいよ中に入れる!と受付に行った私たち。
・・・そしたらここでプチトラブルに見舞われ、もう1ドキドキすることになる。

問題は、私がはいていた膝下くらいのパンツ。
それが短すぎる(肌を露出しすぎ)で、寺院に入るには相応しくないとのこと。
3時間かけて山登ってきて、まさか肝心の寺院の中に入れないピンチ?そんな!!
とショックを受けていたら、受付の警察官のお兄さんが、僕のジャージでよかったら貸してあげるよ、と。
警察官のお兄さん、ナイス!
少々ぶかぶかだったが、親切なお兄さんのジャージをはいて事なきを得、無事、中に入ることができました。
こんな何気ない優しさが、Made my dayでしたよ。お兄さん、ありがとう!

寺院は一度、火災によって焼失したのですが、その後再建されたそうです。
中は残念ながら写真撮影禁止だったのですが、まだ子供の僧侶たちがたくさん修行していました。

寺院の見学後は、休憩所まで降り、そこで無事にチミーと再会。
そこで昼食もとりました。
この旅で毎日口にしてきた辛い辛いブータン料理。もう旅も7日目にして、ずいぶん慣れてきました。
食事後は、最後まで無事下山し、この旅のメインイベントを終えました。

その後はさすがに疲れ切ったので、一度ホテルに戻り、夕食でまた集合することになりました。
最後の夕食なので、ホテルでとるのではなく、チミーがおいしいレストランを予約してくれたとのこと。
楽しみにしながら部屋に戻ったのですが・・・・。
あれ?なんか変・・・。
めったに体調も崩さないし、風邪もひかないし、熱も出ない私が、疲れからなのか、突然の寒気と熱っぽさに襲われてしまい、ダウン。
薬を飲みつつ、夕食までに気分が良くなることを祈ったものの、ダメでした。
せっかくのブータンでの最後の晩餐だったのに、、、無念です。
結局、相方だけ夕食に出かけ、チミーと二人で夜のパロの町を楽しんできたようでした。
私はブータンの工芸品をお土産に買おうと思っていたのに、それも叶わず。めったに体調なんて崩さないのに、なぜ今ここで!というタイミングでした。

‐‐-
次の日の早朝。
とても名残惜しい気持ちのまま、来たときと同じ、ブータンのDruk Airの飛行機に乗り込み、世界一着陸の難しいパロ空港からブータンを後にしました。
また、飛行機からの壮大なヒマラヤ山脈の景色を見下ろしながら。
機内食の辛い、最後のブータン食を楽しみながら。
人間の暮らしには、色々な形があるんだな、と。
文明があるのとないのと、どっちが本当に「幸せ」なんかな、と。
今まで普段の生活ではめったに考えないようなことをちょっと考えたりしました。

生きている、というそれだけのことに、毎日毎日感謝し、祈りながら生きている。それがこの国の人たちの幸せを形作っているのかもしれない。
「幸せ=感謝」ということなのかもしれない。と、
毎日毎日、朝から晩まで祈りながらマニ車を回しているお婆さんの尼さん、
毎朝、寺院に他人の幸福をお祈りにくる人々、
自給自足で、家族みんなで力を合わせて生活している農村の一家、
ブータンで触れ合ったそんな人々を通じて、自分なりにこの国の幸せの秘密について考えていました。

周りのちょっとしたことに感謝できないくらい、生活に忙殺されるようになったら、また必ず訪れたいな、と
思いながら・・・。


その後、飛行機はバンコクに着陸。
乗り継ぎ便まで10時間くらい時間があったので、半日観光をしました。
ヒマラヤののんびりとした自然の景色を堪能した後のこと。バンコクの喧騒にうんざりしたのは言うまでもありません・・・。
とりあえずは、ベタなところ行ったけどね。
こんなんとか。
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2012年04月08日

9月のブータン旅行5 ガンテA

*地味に続きを更新中。

車(セダン)Day 5
ガンテという小さな農村の散策。現地の人とも触れ合うことができた、印象的な一日でした。

朝、泊まっていたホテルで僧侶たちによるお祈りの儀式が始まった。見学させてもらったのが一日の始まり。
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その後、村と周りに広がる谷を散策。
すっごい、のどか。
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人がいないなー。と思っていたら、おじいさんとお孫さんたち?とすれ違った。
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タイヤを転がせながら走る子も。
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みんな、民族衣装を身にまとってます。

古い寺院に着きました。
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中では、まだ幼い僧侶が食事の準備中。
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まだ子供の僧侶がたくさんいて、見学に来た私たちをみんな物珍しげに、でも恥ずかしがりながらこっそりと見ていました。建物を出た後も、こんな風に外に出て来て座ってた子も。
みんな幼い頃から親元を離れて修行してて、偉いなぁ。
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散策も終わり、ランチタイム。この日のハイライトはなんといっても、一つのお宅を訪問して、お昼ご飯をご馳走になったこと。
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訪問すると、お母さんと、一番上の娘さんが食事の用意をしてくれていました。
ブータンではちなみに、娘が親の財産を受け継ぐのが普通なので、娘は結婚後も両親の家にいます。

(左)一番目と二番目の娘さんの子供たち。と、(右)三番目の娘さん。
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お母さんがお料理を並べてくれました。このように、地べたに料理を置いて食べるようです。
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おいしくご馳走になった後、ご家族と。
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私の隣にいる二十歳の娘さんは、私が国でどんな暮らしをしてるのか興味津々。そして、私がまだ結婚してないことが不思議でたまらないらしく、「You are not married? Why?」と聞かれる始末。そりゃ、私が聞きたいよ。。(笑) ブータンでは、二十歳前後で結婚するのが当たり前で、なんと「一妻多夫」が普通にあるんだそうです。家にいて奥さんを守る旦那さんと、農作業などで外に働きに出る旦那さんと。大体は、兄弟が同じ女の人と結婚するんだとか。

‐‐-
それから、また一つ寺院に寄って、
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次の目的地まで再びドライブ。また山道に入りました。

この日は山道の途中にある、小さなホテルにて宿泊。なんと、二日目にドチュ・ラ峠で泊まったホテルで働いてた女の子がここでも働いててびっくり。私たちより先に移動してきたのね。
ホテルのすぐ近くにあったのは、ネパール式ストゥーパ(仏塔)。
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目がいっぱい描かれてます。

‐‐‐
次の日は、パロ目指してひたすら今までの道のりを逆戻り。ずっとドライブの一日でした。


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2012年01月15日

9月のブータン旅行4 ガンテ

車(RV)Day4

ブータン4日目は、プナカのKhamsum Yueley Namgyel Choltenへのハイキングからスタート。

山道を登り、小一時間ほどで頂上の仏塔に到着。
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その仏塔のてっぺんで下を見下ろすと・・・
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絶景!
青空の下に山と田園のパノラマが広がっていました。
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朝からのどかな風景に癒される〜。

風景を楽しんだ後の下山中、山の中腹でマニ車をひたすら回し続けている、尼さんに会いました。
顔にたくさんの皺を作って、にっこりと笑ってくれるおばあさん。あまりにいい表情なので、ガイドのチミーが思わずカメラを向けています。
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80歳のおばあさん尼さんは、私たちが日本とアメリカから来たと聞いてもどこかわからないご様子。
飛行機で空を飛んで来たんだよ、とチミーが説明しても、飛行機の存在など聞いたこともなかったようで、飛ぶなんて信じられない、という表情をされていました。
毎日毎日、お祈りをささげながら、お経を唱えながら、このマニ車を回し続けているそうですが、「立っているのがつらくて」と話すおばあさん。チミーが次に来るとき、椅子を持ってきてあげるからね、と約束していたのが印象的でした。出会ったばかりの人にも家族のように接する・・・日本じゃあまり遭遇できない光景です。

その後は、聖地ガンテを目指し、数時間のドライブ。

途中で、ブータンの様々な表情を目にしました。

西ブータンの主要な町の一つ、ウォンディを通りかかりました。
山の上に、ウォンディ・フォダン・ゾンが見えます。
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高いところに建てられています。
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ウォンディの町の様子は、こんな感じ。
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どの建物も古くてボロボロ。
実は、2011年中に2kmほど離れた場所に、町全体が移転されるそうで、住民たちは引越しの準備をしていました。
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ちなみに、移転先(新市街)は、こちら。
新しい建物が理路整然と並べてあり、旧市街の面影はゼロ。
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こうして、綺麗な町でより便利な生活が始まるわけです。
とは言え、長年住み慣れた場所を離れるのも、住民にとっては複雑だったのでは・・・。
ブータンの変化を垣間見ながら、ウォンディの町を通り過ぎました。

・・・
道中、またもや車が崖に転落しそうな恐怖を味わいつつ(運転荒いし、ガードレールないし!)、ポブジカ谷に広がる村、ガンテに到着。
標高3100メートル。
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霧がかかっていて、神秘的な雰囲気。
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冬にはこのポプジカ谷に、オグロヅルという鶴が飛来するそうで、鶴は村のシンボルになっています。


この日の宿はこんな素敵なホテル。
オフシーズンだから取れたものの、オンシーズン中はすぐにいっぱいになってしまうそうです。
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寒いので、薪ストーブを焚きました。ちなみに、9月。
・・・

この翌日、ガンテの村の様子や人々の暮らしを知ることになります。
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2012年01月10日

9月のブータン旅行3 ドチュ・ラ〜プナカ

2日目。ブータンの首都ティンプーを出た後、車で山道をひたすら登ること1時間強。
標高3000メートルに到達!ドチュ・ラ峠です。
さすがに標高が高くて、ちょっと歩くと息切れが。。。

斜面に無数の仏塔が建っています。
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峠に唯一建つロッジにてこの日は宿泊。
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部屋の窓からは、山脈の景色が広がる。残念ながらこのときは天候が悪くてあまり景色が良くありません。
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車(RV)Day3

前日とは一転。
次の日の朝、外を見てびっくり!
まさに雲の上!
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天気が良くて、絶景でした!

朝食後は車に乗り込み、次の目的地へ。次に向かうのは古都プナカ方面。

今度は山道をひたすら下る。
山道では、こうやって普通に馬や牛たちが自由に放浪している風景に時々出くわします。
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道端では農家の人たちが露店を出し、野菜を売ったり、とうもろこしを焼いて売っていたり。
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ガイドのチミーが、焼きとうもろこしと、キュウリを買ってくれた。
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巨大キュウリ!

ちなみに、山道は実はほんと怖い!
標高3000メートルの山道でもガードレールがついていないことがほとんどだし、ずっとクネクネ道。その上、ブータンの人たちは運転が荒いときた。
下を見下ろすと信じられないくらい下の下まで見下ろせるような状態で、まさにガイドさんに命を預けてのドライブでした。


さてさて。そうこうしてるうちに、子宝のお寺、チミ・ラカンに到着。
田んぼを抜けて、上がっていきます。
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お寺の前では、お年寄りが集まって食事会(?)のようなものをしていました。

お寺の一部。
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ここでは、赤ちゃんの名前を授かりに、人々が多く参拝に訪れるそうです。以前訪れた日本人夫婦は参拝後に子宝に恵まれたため、産まれた赤ちゃんの名前をお寺の名前にちなんで「チミ」と名づけたのだとか。


・・・
チミ・ラカン寺院を訪れた後は、また車を走らせ、次に目指すは低地にある古都プナカ
ティンプーが1955年に通年の首都になる前まで「冬の都」だった町(夏と冬で季節によって高地・低地と住み分けていた)。

モ・チュ(女川)とポ・チュ(男川)の合流点に、プナカ・ゾンが見えてきました。
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1636年建立。

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宗教界の最高権威ジェ・ケンポやその他の僧侶達が、冬にここで生活をします。

ブータンの民族衣装は、仕事中などには着用が義務付けられ、正装とされているものだそうですが、ゾンのような政府関連の建物に入るときは、その衣装の上からこのように白い布を巻く必要があるそうです。
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建物に入る前に準備中のチミー。

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入り口付近には十二支のマンダラの画。この絵はブータンの寺院ではいたるところで見かけました。
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建物の模様は全部手描き。とても細かくて色鮮やか。
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ゾン内を歩いている僧侶たちの中には、まだ幼い子供も多くいました。

‐‐‐
この次の日は、農村へ向かいました。
その様子はまた次回。
posted by eiko at 20:20| Comment(6) | TrackBack(0) | Travel (Asia) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月09日

9月のブータン旅行2 首都ティンプー

今回は、ブータン王国の首都ティンプーについて。

パロ空港から車で走ること一時間。ティンプーに入りました。
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まず初めに気付くのは、信号が無いこと。
町中でたった一箇所、交通整理が必要な場所には、このように警官が手動で交通整理をしてます(見えにくいけど、画面中央で警官がジェスチャーで車を誘導している)。
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ホテルで荷物を置いた後、ティンプー観光開始。

まずはブータンの名産の一つである紙の工場に行って、手作業で紙が作られる工程を見学。
それから、こんな大きな(まだ製造過程の)大仏も見学。これは、町を見下ろすように、山の上にそびえ立つ巨大な大仏です。
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その山から町を見下ろすとこんな感じ。
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ブータンはヒマラヤ山脈の山間にある国なので、このようにどの町も山に囲まれた限られた空間に存在してます。

車(RV)Day 2

2日目もティンプー観光からスタート。
National Memorial Chorten(仏塔)。

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入り口。

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このように、ブータンではゾンカ語が公用語ですが、どこでも英語標記は必須です。隣国インドの影響も大きいのだとか。
ちなみに、みーんな英語が堪能です。少なくとも、首都に住んでる若い世代は幼いときから英語を習ってきたようです。

朝8時ごろだというのに、たくさんの人たちがお参りに来ていました。
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みんな、自己の幸せではなく、全人類の幸せを祈るのだそうです。ブータンという国を象徴している思想だと感じます。

国立の芸術学校も訪問。学生たちが学ぶ絵画や彫刻は全て宗教に関わるもの。
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国の中央政庁タシチョ・ゾン。
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・・・
こうして、ティンプー観光を終えた私たちは、街を後にし、ドチュ・ラ(峠)を目指して山を更に登ることに。
くねくね道を車で登ること一時間。標高3000メートルの峠に到着。

この後、ドチュ・ラ、プナカ、ガンテイ、と続く行程については、また次回。
posted by eiko at 17:45| Comment(2) | TrackBack(0) | Travel (Asia) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

9月のブータン旅行1 入国

2011年9月、ヒマラヤ山脈の山間にある人口70万人ほどの小さな国、ブータン王国へ7泊8日の旅行に行って来ました。
すぐに旅行記を書くつもりだったのに、(その後の締め切り地獄のせいで)こんな遅れてしまったけど、ヒマラヤ山脈の美しい景色や現地の様子を撮った写真をたくさん交えながらハイライトをまとめてみます。
ちなみに、私が訪れたのは、現国王と王妃のご成婚直前。もちろん、国中はお祝いムードが高まりつつある時期でした。

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・・・・・・・・
旅行記の前に、ブータン旅行とブータンについて少し。

ブータンへの旅行は、普通の海外旅行とは大きく違う点があります。
・政府の方針で、外国人旅行者は政府認定のツアーガイドと一緒でないと入国できない
・一日あたり、一人米ドルで230ドル(約2万円)(3人以上での旅行の場合は200ドル)を支払わなければならない(宿泊費、1日3食の食費、バス移動の交通費、すべて込み・・・この後更に値上がりしたらしい)
・ビザも、ガイドを通してのみの発行
(私たちの場合、直接現地の旅行会社に申し込んだため、余計な仲介料はかからずに済みました。)

すべてガイドが車で連れまわしてくれ、ホテルやレストランは全て外国人旅行者用のところ。アップスケールで小綺麗なレストランやホテルに行くことになります。この点は、なんだか変に優遇されているようで、現地の人たちよりも上に位置付けにされているようで、ちょっと複雑な気分(レストランに関しては、外国人が食中毒を起こさないよう、ローカル用の食堂は避ける、という理屈らしい)。
観光業はブータンの産業の中で第二の収入源。政府が「大事なお客様」として外国人旅行者を優遇するのも、そのためでしょうか。

ガイドさんによると、ブータンへの外国人旅行者(訪問者数1位と2位は常にアメリカ人と日本人)のほとんどが、「特殊な経験」を求めているそうです。その大きな理由は「真の幸せとは何か」を追求するこの国の方針にあるのでしょう。
「GNP(Gross National Product)国民総生産」ではなく、「GNH (Gross National Happiness)国民幸福度」で国の豊さを測ること。チベット仏教の教えに従い、自分だけでなく全人類の幸福を願う国民性。そして、守られている昔からの人々の生活と自然。文明化も最小限に抑えられています。

それでも、近年では少しずつ文明化が進み、従来の人々の生活は少しずつ変化しているようです。
車も多く走るようになった。10年前には都市部に電気が普及した。テレビは1998年のサッカーのワールドカップの際に導入された。(ワールドカップ開催中のみサテライトアンテナの設置を政府が認めたのがきっかけらしい・・・ワールドカップ後、政府がアンテナの回収を試みたが、テレビの素晴らしさを知ってしまった市民が抵抗したんだとか)。

「しかし、」とガイドさんは次に哀しげに語ってくれました。
文明化して便利になりつつある一方で、従来の人々の生活のバランスが崩れつつあるのも現状。このまま進むと、幸福というものが、心の豊かさではなく、先進国と同様、物質に求められるようになる。人々の生活スタイルが変わり、今まであった仕事がなくなる。仕事がなくなって働けなくなった人々が犯罪を犯す・・・。犯罪は極めて少なく、殺人も年に一度あるかないかくらいのこの平和な国で、哀しいことに犯罪も増加傾向にある。

そんな状況を聞くと、世界の隅々まで文明化する必要があるのだろうか、と疑問に思ってしまいます。ブータンは今まで通りでいいのではないか・・・と。

・・・
さてさて。私もそんな「特殊な経験」を求めて、チベット仏教に生きる人々の生活がどんなものか見たくて、GNHが人々の生活をどう形作っているかを知りたくて、ブータン王国へと向かったのです。

飛行機Day 1

外国人旅行者の訪問が限られているブータンへ入国できるのは、Druk Airというブータンの空港会社の飛行機でのみ(東部地域であれば、インドから陸路で入ることは可能)。
日本からはバンコク経由が一番便利なのだけど、バンコクからブータンに飛ぶのは一日一便、早朝だけです。私は前日の夜にバンコク入りして空港近くのホテルに宿泊し、早朝、バンコクからDruk Airの飛行機に乗り込みました。

飛行機はバンコクを出発後、一時間ほどで着陸。
着陸した場所は平地だし、結構都会だし、「なんか思ってたんとちゃう!」と軽くパニくってたら、なんとバングラデシュのダッカだった。。。ここで、更に人を乗せる。

その後、30分ほど飛んだところで窓から下を見ると・・・

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広がっていたのはヒマラヤ山脈!!山が近い!
そうそう、私がイメージしてたのは、まさにこのヒマラヤの山々の風景!

乗客から、思わず感嘆の声が漏れます。
山間を低空飛行するため、悪天候で飛べなくなることも多々あるとか。この日は幸い快晴で、順調な飛行でした。
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そして、世界一着陸の難しい国際空港、ブータンのパロ空港に着陸。

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みんなはしゃいで出てきます。

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降りて早速みんな写真を撮る。

空港はとてもシンプルで、国際空港とは思えないこじんまりさ。建物も、ブータン特有の建築物です。
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入国審査を済ませ、インド経由で空路で入国した相方と合流。
この旅行中に私たちについてくれるツアーガイド、チミーとも出会いました。

で、テンションも上がりつつ、荷物を取ってすぐさま出発する気満々だったところで、プチトラブル発生。
全乗客中、なぜか私のスーツケースのみ、見つかりません。。
結局、別のツアーの集団の中で、どうやら私のスーツケースを間違って持って行ってしまった人がいたらしいとのことが判明して、事なきを得ました。
・・・が、なんと間違って持って行ったのは、ブータン国王の母親のグループだった、というプチサプライズ付き。お泊まりになっている超高級ホテルまで荷物を取りに行きました。
もちろんご本人には会えませんでしたが。

それはさておき、ガイドのチミーの車に乗り、早速行動開始!
空港はパロという町にあるので、そのまま車を飛ばして、ブータン王国の首都ティンプーへと向かいました。

道中の景色はこんな感じ。
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こんな門も通ります。
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いたるところにこんなカラフルな旗が。全て、お経が書いてあります。風に吹かれることで、お経を全て読むのと同じ効果があるのだそうです。
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そして、一時間ほどで首都ティンプーに着きます。町の様子は、次回に。
posted by eiko at 17:28| Comment(2) | TrackBack(0) | Travel (Asia) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月20日

韓国出張:スーパー銭湯+ソウル編

いい気分(温泉)最後に、モッポ最終日に行った、韓国版スーパー銭湯のお話。

韓国のスーパー銭湯は、日本のそれとは全く違いました。

まずは私たち、最初に普通にお風呂へ。ちなみにうちの大学の大学院生3名プラス私、の4名。

ここで感じたこと。韓国人の女性、皆さん結構オープン、かつ、自由です。
その理由は・・・

1.誰もタオルで身体を隠して歩いていない。
2.歯磨きをしながら湯船に浸かっている人がいる。
3.顔に泥パックを塗ったまま湯船に浸かっている人がいる。
4.水風呂で全力でバタ足をしている人がいる。

日本との数多くの違いに驚きつつも、次のステージへ行くべく、私たちは普通に小一時間でお風呂から出て、銭湯指定のTシャツとハーフパンツに着替えた。
私たちを案内してきてくれた韓国人の男子学生と合流し、お風呂の一つ上のフロアへ上る。

上のフロアは、サウナールーム+仮眠ルーム。
フロアの中央が広場になっていて、人々が自由に寝転がっている。
それを囲むように様々なサウナールームがあった。
サウナーは、32度(確かそれくらいだった)の部屋、45度(確かそれくらいだった)の部屋、62度(確かそれくらいだった)の部屋、マイナス10度くらいの部屋、などなど、色んな温度の部屋がある。

まずは、32度くらいの部屋から攻めてみる。
入って寝転がると、ジワジワと汗が出てくる。岩盤浴よりもちょっと涼しい感じ?

次に45度くらいの部屋。
すごく眠かったら寝ることもできるくらい、まだ耐えることのできる暑さ。

そして、62度くらいの部屋。
ここはもう入った瞬間に暑い。いえ、熱い。
長時間居ることはできず、数分でギブ。外に出て、全員で一度お水を飲む。

逆に寒い部屋にも入ってみる。
氷点下以下の部屋。
この部屋は、何のためにあるのか、ちょっとわからないくらいに寒い。壁も凍っている。
さすがに、ずっと入ったままの人はいない。

色んな温度のサウナを繰り返し、休憩室でビールを飲み、私たちも思い思いに寛いだ。
他のお客さんたちも寛いでいるようで、フロアの真ん中で普通に寝ている男性やら、パックをしたまま普通に歩いている女性やら(さすがにパックしながら歩き回るのはどうかと思ったけど・・・)。

そして、私たちはその後、この日のメインイベント、垢すりを体験しに行きました。
ここでも驚いたのが、おばちゃんがなぜかセクシーな下着を着て垢すりをしてくれること。
おばちゃんが下着になる理由なんてないのでは・・・?と思うのだけれど。
元気のいいセクシー下着のおばちゃんに、色々なポーズをさせられながら隅々まで垢すりをしてもらいました。
日本語も英語もわからないおばちゃんは、どこで覚えたのか、「あおむけ」という日本語だけを使って、次のポーズを指図してきます。でも、ほんとは「うつ伏せ」の意で使ってるんだよね・・・。どうして逆に覚えちゃったんだろ。。
とにかく、させられるがままの私たちはずっと爆笑。元気で陽気なおばちゃんたちに楽しいひと時をもらった。

・・・・
そんなスーパー銭湯まで体験したモッポ市滞在も終わり、翌日はソウルへと移動。2泊しました。

人生2度目のソウルも楽しかった!&おいしかった!
もう学生のプログラムも終わってるし、学生たちみんなとフツウに旅行。

李氏朝鮮時代の王宮、景福宮と民族博物館を訪問後は・・・
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明洞で買い物三昧exclamation
完全に個人行動になり、美容グッズを山ほど買い込み、その他ロッテデパートでも靴などを購入。
大荷物で宿泊先に戻りました。

夜は、英語教師としてソウル在住のテキサス時代の友人と合流。
弘大(ホンデ)という、有名芸大付近のエリアで遊びました。
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アングラな雰囲気の繁華街。大阪のアメ村みたいな感じ?

・・・
仕事で行った韓国のはずが、最後は遊びまくりで終わってしまいましたが、とにかく韓国人の人の良さ、人情の厚さ、親切さ、そして食べ物の美味しさ(私は辛いものが苦手なのにも関わらず!)・・・に感激した韓国滞在でした。
隣国なのに、韓国人の友人・知人もたくさんいるのに、韓国のことをほとんど知らなかった自分の無知さ加減も思い知らされ、せめて韓国語だけでも勉強しよう、と最後は来年の韓国訪問へ向けて決意をしたのでした。どうなることやら・・・。
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2011年09月12日

韓国出張:モッポ市編

勤務先の学部で今年の夏、企画が通って決行となった日韓交流プログラム。
詳細は割愛するとして、そのプログラム関係で他の3名の先生方と一緒に、私も一週間、韓国の国立木浦大学校とソウルに乗り込んで来ました。

ソウルまでは二時間という近さなのだけれど、目的地の木浦(モッポ)市までの道のりは、
名古屋−(航空機)→ソウル・インチョン空港−(鉄道)→ソウル・キンポ空港−(航空機)→クァンジュ空港−(自動車)→モッポ
と、意外に遠い。せっかく近い韓国なのに、何度も居眠りしながら一日がかりの移動。

韓国は人がみんなとてつもなくすごく親切だし(もう本当にこれが感動しすぎて言葉にできない)、食べ物もおいしくて健康的だし、美容グッズは充実してるし、びっくり衝撃垢すり体験もできたし・・・。
仕事を忘れてふつうに楽しんできた私。
韓国は一応二度目の訪問だったのだけれど、今回満喫して、すっかり大ファンに手(チョキ)

ここでは韓国滞在のハイライトをピックアップ。

かわいいまずは、韓国南西部に位置する、古い港町モッポ市のご紹介。衝撃の食べ物もご紹介します。

ご覧の通り、海辺の町。町のシンボルのユダル山からの眺め。
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日本の植民地時代の爪痕も深く残っている土地でもある。
当時の日本家屋もある。
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当時の日本領事館の建物。丘に立てられていたこの建物は、この町で一番眺めのいい場所に位置していた。
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日本人としては訪問するのには複雑な場所もあった。

東洋拓殖株式会社の木浦支店だったビルは、現在、歴史博物館になっている。
モッポの歴史だけでなく、帝国時代の日本のアジア侵略の様子も伺い知ることができる。
色々な場所に連れまわしてくれ、わかりやすい解説を加えてくれていた木浦大学のY先生が、この歴史博物館でだけは、「待ってるから見ておいで」と言って、一緒に行ってくれなかった。
日本人である私と一緒に行っては、コメントがしづらいとのこと。

Y先生の言ったこの意味は、私はすぐ理解することになる。

展示されていたのは、日本軍が帝国時代に韓国人に対して行った非道な拷問・虐殺の様子をとらえた写真の数々。
こんな衝撃な事実を、私たちは正確に歴史の授業で習っただろうか。

韓国の人にとっては、忘れたい歴史。でも、日本人にとっては、決して忘れてはならない歴史だと感じた。

Y先生に聞いた。

やっぱり今でも日本人を恨んでいる人々は多いのですか。

そしたらY先生が一言。
「恨んでいるなんて、そんな悲しいこと言わないで下さい。私たちは本当に日本が好きなんですよ」
Y先生は本当に悲しそうな顔をしてそう言った。

「過去を恨んでいては前には進めず、国は発展しない」
そう教えて国民に前を向かせた金大中元大統領の影響なんだろうか。
韓国の人たちがどれほど自分の国にプライドを持っているかを感じさせる一面だと思った。

・・・・・

もう一つのハイライト。

モッポ市から車で一時間ほどのところにある、ナジュ(羅州)という町にある、韓国時代劇のロケ地テーマパーク。
なぜか木浦大学の先生たちが私を連れて行ってくれた。

三韓志テーマパーク
http://www.najuthemepark.com/
「朱蒙」や、私が唯一なんとなく観ている「イ・サン」もここで撮影されたとか。

ほんとの三国時代にいるみたい。
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Najyu small 2.jpg


Najyu small 3.jpg

すごい大掛かりなセット。
陶芸や組紐作りなど、色々と文化体験もできる。
韓流ファンにはたまらないかも。

・・・・・
さてさて。

レストラン続いて、楽しいご飯の話題へ。
韓国はおいしすぎて、最後の最後まで去るのが悲しかったのです。

港町、モッポには珍しいシーフードたくさん。

まずは名物!
タコの踊り食い!!
着いた最初の日の衝撃!!!

私がモッポ初上陸と聞いて、現地の先生方が早速海辺のレストランへと連れて行ってくれたのだけど・・・

Mokpo small 5.jpg


ただのタコの刺身ではありません。
さっきまで生きてたタコをぶつ切りに。
お皿の中で、タコ(の切り身)は動いています・・・。
その様子はこちら↓

私、実は声が震えている・・・。

動くだけでなく、吸盤が皿に吸い付くため、お箸でタコの切り身を取るのも一苦労。
そして、口の中でも吸盤が吸い付くため、飲み込むのも一苦労。。

私は切られてもなお動き続けるタコに普通にビビリすぎて、なかなかお箸を持つ勇気が持てず。
みんなにちょっと笑われ、励まされ、やっと小さな切れ身をつかもうと思ったのに、吸盤がお皿に吸い付いてなかなか取れない。かなり苦労してやっと数切れ、食べてみることできた。

お醤油ではなく、お塩とごま油で食べるタコのお刺身。
動いているほど新鮮なタコは、ほんとはとても美味しかった。
ただ、ただ・・・私は動いているタコを口に入れるという恐怖を、最後までどうしても拭い去ることができなかった・・・。

別の日には高級料理のエイも、大学の総長の招待でご馳走になった。
私にとっては初体験のエイ。
総長主催の晩餐で、総長の前で写真を撮ることも憚れたので残念ながら写真はなし。

エイの刺身は、独特の臭みがあるちょっと変わった食べ物。
こんなとこでも紹介されてた。
(ホンオ・フェというのがその食べ物)
http://www.ntv.co.jp/wrs/renewal/ranking/20040704/01.html

お刺身だけでなく、発酵されたエイも食した。
こちらは臭みがない。
発酵エイを茹で豚とキムチと一緒にサンチュにくるんで食べる。
食べた瞬間、口に刺激が広がり、なかなか自己主張の強い食べ物だった。

珍しい食べ物に衝撃と感動の連続。
韓国料理は、カルビやブルコギやビビンバだけじゃなかったのね、と実感したモッポグルメでした。


ソウル編など、まだまだ続きます。。。
posted by eiko at 00:06| Comment(4) | TrackBack(0) | Travel (Asia) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月07日

上海!

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東京から帰った次の日から、上海でした。
ずっと行きたかった上海は、とっても新しい街という印象。
一面の華やかさや派手さに目を奪われて、その裏に隠れた影を見失ってしまいそうにすらなりそうだった。
たくさんのど派手なビルの谷間からふと古い貧しい町並みの一角がのぞいているのに気づいて、考えさせられるものがありました。

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それにしても、まさにロストイントランスレーション状態!
今まで非英語圏の国に行ったときは大抵、現地人が一緒だったけども、今回は自分達だけ・・・。中国語、全然わからんし、結局最後までシェーシェーしか言えなかった。。情けなし。。
相手の片言の英語と日本語か筆談。コミュニケーションって、言葉がなくっても成り立つものやわ!

一番感動したのは、上海雑技団
もう人間業じゃない技の数々に、「すごいー」と「落ちるー」と「もうやめてー」しか言えなかった。すご技を見せるものだけでなく、バレエのダンスを組み合わせた芸術性の高いものもたくさんあって、見ごたえたっぷり。
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最後の大技、バイクは、この球の中にバイク5台が入って全速力でぐるぐる・・・。ちょっと間違ってタイミングがずれたら確実に死者が出るだろうこの危険さは、ショックですらあった・・・。
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車で一時間半ほどの町、蘇州にも行った。
「東洋のベニス」の名にふさわしい!昔ながらの街並と人々の暮らしが伺える家々が趣深い。
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街中に無数にある中国式マッサージにも挑戦。ほんとは中国茶を飲みながら優雅にマッサージ、って感じだったんだろうけれど、極度のくすぐったがりの私は、逆に力をいれて強張ってしまった。。マッサージ師さんに、「クスグタイ?」って聞かれた。

上海は急速に成長している街という印象が大。どこに行っても人が多くて、活気に溢れていて。数年前に北京にも行ったことがあるけれど、また全然雰囲気が違っていて、飽きなかった。
すんごく近いんだから、また気軽に遊びに来たい!次回はちゃんと中国語を勉強してから・・・。
posted by eiko at 02:03| Comment(5) | TrackBack(0) | Travel (Asia) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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