2011年01月17日

「オチ」る論文

博士論文もいよいよ佳境に入っていて(私はそのつもり・・・)、今は修正・校正、の日々ペン
200ページ以上あるので(博士論文の長さとしてはいたってフツウ)、読み直すだけでも時間がかかってしまって、思ってる程ハイペースでは進まず・・・。
もうここまで来てしまったら、
「もうなんでもいいからとにかく早く終わりたい!」
というのが実は本音なのだけれど、とは言っても、
「なんでもいいからとりあえず分析をまとめて終わり!」
・・・というわけにはいかないモノ。

論文委員の5人の教授の中の1人の先生が、「書く」ことに関していつもおっしゃってることがある。
「論文は起伏のある一本の『ストーリー』でなければならない」と。

始まりは比較的静かに、ゆっくり。
 −物語りの最初は大抵、登場人物や時代背景が明らかにされる。
それから次第に盛り上がりを見せる。
 −何の変哲もない日常シーンの描写の中に、何かが起こりそうな「前兆」。この時点で「この先何が起こるんだろう」と読者は興味を持つ。
それからはクライマックス。
 −物語りが最高の盛り上がりを見せるところで、読者を一気に惹きこむ。「なるほどそうだったのか!」「そういうことか!」と驚かせ、納得させる。

つまりは、この最大の山で「セクシーポイント」を投入することで、
「ずきゅーん」
と、読者の心を射抜かなければいけないと。そういうこと。

私なりの解釈を加えると、
話で言えば、最大の笑いを誘う、「オチ」の部分。
音楽でいえば、ソロのインプロビゼーション(即興演奏)が最大に盛り上がるポイント。
テンション・ノートでも加えて、聴き手を「ぞくっ」とさせる・・・そんなとき。
なげやりな言い方すると、その曲中で一番大きな音量一番高い音ででソロ弾いちゃう、みたいなとき。

全てはその「セクシーポイント」を最大にセクシーに見せるために、オチで最大にウケが狙えるように、ソロの最大の盛り上がりで最大の拍手がもらえるように、始めから終わりまでを構成していくべきとのこと。
ともすれば、論文なんてほんとに分析を書き述べていくだけの、平坦な、退屈なものに仕上がりがちなんだけど、そりゃそうだ。
研究論文だとは言え、読んでて興味の持てない読み物なんて、そもそも誰も読む気にならない。
いくらいい研究をしても、それをおもしろく伝えることができなければ、研究者失格だ。

ストーリー。
どんな話も、オチがなければ何故その話をしているのか、したいのか、相手には伝わらないものだし、相手に何の共感もよばないし、そもそも「ストーリー」にならない。
松っちゃんやジュニアや小藪や兵頭さんやほっしゃんの話がおもしろくスベラナイのは、オチがあるから。
しかも、「そんなオチだったのか!」と、あっと驚いて印象に残るようなオチが。

・・・
つまりは今の私、その先生のアドバイス通り、最大限に「セクシー」さを出そう・・・と奮闘中。
が・・・。
実は自分の論文、読めば読むほど、平坦な気がして、なんだか印象に残らないこと書き連ねてるだけな気がして、ちゃんと「オチ」てない気がして、なかなか進まないふらふら

私の分析の最大の「セクシーポイント」ってなんだろう(今更・・・)。
どうやったらそれを驚く「オチ」にできるんだろう。。
そもそも私の論文なんて、いくらセクシーになったとこで、論文委員の先生以外誰か読むんだろうか。。。
ていうか、私自体が全然セクシーじゃないし。。。

・・・とかそんなことばっかり考えてたら、なんか永久に終わらないような気がしてきたのだけれどバッド(下向き矢印)
とにかく後一ヶ月ほどでなんとか勝負つけなくてはいけません。
さて、無事に最大のウケが狙える形でオトせるでしょうか・・・。

人気ブログランキングへ


posted by eiko at 16:21| Comment(10) | TrackBack(0) | Research | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月14日

準備型?調整型?

コンプ二問目を終えてつくづく思うこと。
自分は「しっかり事前準備型」ではなく「後から調節型」、ちょっとよく言えば(?)「試行錯誤型」。

この3週間弱は、時間との闘いだった。一時も無駄にできない感じで、寝るときと食べてるとき以外はWorking(試験、授業、TAの仕事)してた感じ。。毎日365日こんなに集中できるんだったら、どんな偉人にでもなれそうな気がする・・・。
で、こんなときに限って、TA(ティーチングアシスタント)をしているクラスでの学生の論文の採点があったり、小テスト作りがいつもより多かったり、代講を二回頼まれりで、普段よりも仕事が増えた。。専門分野内のコミュニケーション学の授業だし、教えるのは楽しいから普通なら大歓迎なところなんだけど、このタイミングでは勘弁してほしい・・・。

今回のコンプで気づいたのは、とりあえず自分は書き始めないといけない、ということ。どんなに大まかなことでも、とにかく細かく計画立てる前に取り掛かること。そして、取り掛かってる過程で考えが整理されていって、同時に見通しが立ってくる・・・。
考えてみたら、なんでもそう。新しいツールや機械を使うとき、しっかりとマニュアルを読むなんてことはほとんどない。とりあえず使ってみて、失敗しながら学んでいくというか。Trial-and-error派。(要は最初にめんどくさがって、却って後から苦労するタイプ。)

それと一緒で、論文にしても、しっかりとしたアウトラインを決めて、論の進め方や結論をはっきりさせてからでないと書き始めない、なんてことはあんまりない。もちろん、文献はそれまでには大体読んでるし、論点もまあぼんやりとあるし、とっても大まかなアウトラインは書くんだけど。

とにかく。最初は深く考えずに書くこと、文章にすることが、自分にとっては考えを整理するのに一番有効らしい、ということを今回実感。でもこの方法だと、最後のまとめや編集にとっても時間がかかる・・・。学者志望にして、こんなやり方でもいいものなのかどうなのか。。
「事前綿密計画型」と「後から調整型」、どっちがいいのかしら。皆さまはどうかしら?

明日からコンプの最終問題開始。文献読んだりとか、それなりの準備はできてるけど、もちろんまだまだしっかりとしたビジョンは見えてません。また確実に「後から調整」の予定。

結局、「終わりよければ全て良し」主義だということかぁ。
posted by eiko at 02:49| Comment(4) | TrackBack(0) | Research | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。