2012年01月09日

久しぶりの更新

晴れ新年明けましておめでとうございます。

ずっと更新が滞っていたこのブログですが、今年はもう少し頻繁に更新していきたいと思ってます。
もともとは、留学生活について書こうと思い立って始めたのがもう9年ほど前。
去年は完全帰国をして留学生活は終了したのだけれど、これからは日本での大学教員としての生活とか、旅行の記録とか、そんなことを思いついたときに書いていこうかな、と思ってます。

まずは、昨年秋のブータン旅行について、旅行記をアップしました。
数回に渡りますが、よろしければ。


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2011年05月30日

Graduation

気付いたら、前回の更新から1ヶ月以上も経っていました。
あっと言う間に、もう5月も終わり。
毎日色んなことがあり過ぎて、時間が経つのも早いです。

帰国して早2ヶ月。
よく、
「逆カルチャーショックはない?」
と聞かれるのだけれど・・・不思議にまだ特に感じてません。
こっちの今の生活がまだ新鮮すぎるからなのか。
留学生と関わることが多いからなのか。
私が鈍感だからなのか。
それとも、こんなものかと変に割り切ってしまう、おもしろくない大人になってしまってるのか。。。

実は私はそのどれでもなく、そんなに今までと違わないからなんじゃないかな、と思ってます。
アメリカであれ日本であれ、大学という場所には活気があって。
学生たちは本当にみんな色んな思いや目標を抱えてて。
学生たちの気持ちは、アメリカも日本も変わらないな、と感じてます。
周りの先生もみんなおもしろい世界観を持った研究者ばかり。
大学という同じ世界にいれば、あんまりアメリカ・日本の違いってないのかもしれません。

−−−
先週は、テキサス大学での卒業式でした。
人生おそらく最後の卒業式。
当初は行く気満々で、週末だけのオースティン行きを強行するつもりだったのだけれど、やっぱり学期中で週末だけアメリカまで行くのは無理でしたたらーっ(汗)

6年ほど前、ミシガンで修士課程の卒業式に出たとき、お世話になった先輩の博士課程の卒業式と一緒でした。
先輩が博士として卒業しているのを見たとき、
「私もいつか、先輩のように博士の卒業式に出れる日が来るんかな」
「そのときは、感激なのかな」
とか思っていました。
そのとき以来、私も先輩のように博士を取るときの卒業式にはぜったい出席したいと思ってたのに、現実はそううまくは行かないもの・・・。
いずれにせよ、オースティンには近いうちにまた戻りたいと思っているので、そのときに写真でも取れたらまぁ良しとしますカメラ

−−−
大学での私の研究室。
普段はここで一人、自由に仕事してます・・・
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2010年12月20日

3往復して・・・

今学期三回目の短期帰国からは、先週月曜日(13日)に戻って来ました。
今回のフライトは散々で、アラスカに緊急着陸したり、レイオーバーのあるデトロイトで8時間待ちの後、飛行機が更に3時間遅れたり・・・。
30時間以上の旅ですっかり疲れ切っていたけれど、ふと飛行中の機内から空を見ると、双子座の流星群のすごいこと!
地上よりもちょっと空に近い場所から見れる、たくさんの流れ星ぴかぴか(新しい)
とても贅沢な眺めで、最後の最後、旅の疲れが吹き飛びました。

就活のため日米間を三往復もした三ヶ月。ずっと時差ぼけだったり、仕事のペースは落ちたり、周りの人に迷惑もかけたり・・・とマイナスもあったけど、よかったこともたくさん!

まずは、甥っ子の成長を毎月観察できたこと。
成長する様子を見ていて、赤ちゃんはいつでも、その時その時が一番かわいいんだ、ってことがわかりました。いつでも「現在(いま)」が一番かわいい黒ハート
少しずつ色んなことができるようになっていってるけれど、こないだ会って驚いたのは、誰と目が合ってるか、誰が自分を見てて誰が見てないか、ってのまでもわかるようになってたこと。人の視線を感じて自分を見てないかどうかわかる、ってことは、一つの認知能力の発達を意味します。
そのうち、人の視線をたどって、その人が見てる方向を探し当てて自分も同じ方向を見ることができるようになったり、見てほしい方向に指をさして、人の視線を動かしたりまでもできるようになることでしょう。
すごいー。

それから、何よりも一番良かったのは、妹の結婚式に出られたこと。これは2回目の帰国の時。
妹は入籍はとっくに済ませてたけど、式は11月初めでした。
妹と旦那さんの会社の人たちばっかりの披露宴&2次会だったのに(2次会にも出てくれと言われた)、何も気にせず盛り上がり、会社の人たちに絡むわが一族。
2次会には、旦那さんのお友達の、吉本芸人の和泉修さん(関西以外の人はあんまり知らないのかなぁ)や、元ラグビー日本代表監督(今は神戸製鋼)の平尾誠二さんもいらしてて(旦那さんは妹よりちょっと年上です)、やっぱり絡むわが一族。
つくづくうちの親族はオメデタイ人たちの集まりなんだ、と実感しました・・・。
妹の晴れの舞台に出れて、妹の幸せ一杯の笑顔を見れて、妹を支える周りの人たちに会えたことは、とってもとっても嬉しかったです。
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(親族集合)
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2010年07月21日

日本行き

8月3日から3週間ほど日本に帰ることになりました。
この夏は帰らず論文に集中するつもりだったのだけれど。

5日−7日と東京にも行く予定。
関西の人も東京の人も会えたらいいなー。

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2010年06月15日

伯母デビュー

今一番宙ぶらりんな時期の私は、毎日大学の院生ラボにて一人研究の日々。論文終わらないと卒業できひんのやし、当然乗り越えないといけない時期なのだけれど、夏はティーチングもないし、この孤独な作業はさすがに楽しくない。。。

でも、そんな面白みの無い日常の中でも、最近、プチいいことと、とっても嬉しいことと、二つありました。

かわいいプチいいこと。
とあるジャーナルに、私のとある論文が掲載されることになったこと。すごいマイナーなオンラインジャーナルだけれど、載せてもらえるに越した事はなし。査読してくれたエディターの方々。私の論文なんぞをアクセプトしてくれてどうもありがとう。

かわいいとっても嬉しいこと。
2こ下の妹が無事男の子を出産!結果、私もついに伯母になりました。
予定よりも三週間も早かったので、連絡を受けたときはびっくり!
買っておいた赤ちゃんグッズ、まだ送ってへんし。急がなー。
それにしても、私の分身同然の妹が母なんて、感動して、考えただけでも泣きそうもうやだ〜(悲しい顔)
離れていてすぐに会いに行けないというのは哀しいけど、甥っ子ちゃんに会うの、ほんと楽しみです。

伯母かぁ。「えいこおばちゃん」とか言われるんかなぁ・・・。
でも、おばちゃん、はまだ嫌やなぁ。。
先輩伯父・伯母の方たち、甥っ子姪っ子には、なんて呼ばせてますか?
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2010年01月09日

今年最初

新年最初のエントリーがこんなに遅くなってしまいました。

去年の暮れは、日本に帰ってきてすぐに母親と妹と有馬温泉行ったり、所用で東京に行ったり。風邪でその後は寝込んだり。でも無事にいつものように年越しるんるん

去年は一年間、最初から最後まで今までにないくらいたくさんの出来事がありました。「こんなことがほんとに起こるの?」と信じられないことも。最後には良い方向にすべて片づいたかなぁと思っていた矢先、元旦にパソコンが壊れ(私の脳みその半分が失われました・・・)、そしてさらに大きなびっくりが。なんだか前途多難な感じだけれど、今年はついに卒業、そして願わくば就職、という大きな目標があるので、またいろいろ起こりそう。というか、いろいろ自分で起こさなきゃならない年になります。

日本での年末年始の話はまた改めて。あと数日でまたオースティンに戻ります飛行機
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2009年10月24日

MCハマーの・・・

私が今学期教えてるスピーチのクラスの学生の一人がなんと、

MCハマーの娘であることが判明exclamation
http://www.aetv.com/hammertime/meet-family/

彼女も歌ってるみたいー。
で、Hammertimeっていう、MCハマー一家のテレビ番組に出演もしてるらしい。

お父さんがMCハマーって!!!!
どないほどセレブなん!!!!(←って、最初に思いつくのはソコ。。)
もちろん、だからって特別扱いなんてしないけど、とにかくびっくりexclamation

まったく色んな子がいるもんです。。
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2009年10月22日

床下からの

私たちの下に住んでいる住人たち。。
大学院生の男の子二人だというのに、平日はほぼ毎晩、週末はだいたい昼過ぎから、ビデオゲームのRock bandに没頭。
二人が熱狂しているであろう様子が、床下から響く歌声やドラム(のパッド)を叩く音でわかります。二人だけだというのに、歓声すら聞こえます。何の曲を演っているのかさえわかります。。きっとビートルズバージョンも持ってるんだねぇ・・・。

私もルームメイトも博論執筆中+就活中(私の場合は就職はまだどうなるかあやういけども)。騒音には敏感・・・。
あれほど毎日やるからには、大会か何かに出るに違いない・・・。ぜひとも優勝してくれたまへ!


*久しぶりに書くエントリーがこんなんです。。。


**ちなみに、これは、2週間ほど前に行った、恒例のAustin City Limits Music Festival。これはどんなに忙しくても外せない!
個人的ベスト2アクトのLos Amigos InvisiblesとDave Matthews Band。
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(ちなみにこっちでは舞台のアーティストの写真撮影は禁止されてません。)
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2009年07月09日

介護と医療は別物?

世の中の多くのことは、自分が身近に体験するまでは知らなかったりするもの。身近に起こって初めて、現実を知る、ということは多いものです。

去年の暮れに祖母がクモ膜下出血で突然倒れて、早7ヶ月。まだ意識が戻らず、それっきりずっと寝たまま。倒れたときは1ヶ月しかもたないと言われたので、この奇跡的な祖母の頑張りには驚くばかり。自発呼吸もできるようになって、呼吸器を外した。意識はないものの、口を動かしたり目を開けたりの反応は見せる。容態も安定している。でも、もうこれ以上治療できることはなく、後はどれだけ祖母がこの状態を維持できるか、ということのみ。私にとってとても近い存在の大事な大事な祖母。こちら側のエゴかもしれないけれど、やっぱりどんな形であれ、生きていてほしいと思っている。

ところが、こういう状態になって、とっても困った事態に直面した。

祖母の入院歴は7ヶ月。今の医療制度では、入院日数が一定以上になると、病院に支払われる診療報酬がぐっと下がる。もうこれ以上回復の見込みがない患者が長く病床をふさいでいては、新しく緊急搬送される患者を受け入れられないだけでなく、病院側の採算も合わない。ということで、病院側から転院を促されてるというわけ。

転院先が簡単に見つかるなら、まだいい。問題は祖母のように、もう治療ができない寝たきりで意識のない「療養型」の患者を受け入れる病院がないということ。あってもベッドの数が限られていて、なかなか空かないということ(空くということは、患者が一人亡くなるということなのも複雑な話)。慢性的に療養型の患者では病院側に入る報酬が少ないから、というのが簡単な話なのだけど、これは近年改訂された国の制度のせい。寝たきりで介護を必要とする患者は増える一方なのに、採算が合わないという理由で療養病床を削減しようとしている、矛盾した方針。治る見込みのない寝たきりの病人は早く死んでしまえ、とでもいうことなのか。理解に苦しみます。

ここ数日、家族で色々話を聞きに行ったりして、やっと一時的な受け入れ先が決まった。祖母は、医療保険も介護保険も適用できない有料老人ホームへとりあえず入ることになったのだけど、それは幸運にも祖母に金銭的余裕があったから。長い目で見て、祖母の場合も保険が適用される施設へ移れるまで待つことになる。保険が適用できない高額の施設に入れない人は多く、そういう人たちは数ヶ月から数年、ベッドが空くまで自宅介護という形で待つことになるのだとか。それでも、自宅まで来てくれる看護師さんやヘルパーさんの手は全然足りていないのが現状で、寝る間もなく家族が付きっきりで介護している、という場合が多いのだそう。それでは逆に、家族の方が介護に疲れて病気になってしまいます。

国民のための医療、からはほど遠い現実。今までは自分には関係がないと思っていて、知ろうとすらしなかったそんな状況を垣間見て、衝撃でした。もっと早く知っていたら、私もそういった介護の現場を支えるお仕事を志せたかもしれないのに。こんな私でも出来ることは何かないか。これからどんどんお年寄りが増えていく中にあって、こんな状況が続くのは本当に大問題です。
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2009年07月04日

帰国の前日

金曜日。
博士論文のプロポーザルを仕上げて、教授に提出しに行って、その後、やっと決定したアパートの契約に行った。ここ最近、論文+アパート訪問、の繰り返しの毎日だったから、やっとこの二つが片付いて嬉しい!

今日はミーティングして、荷造りして、引越し用に荷物もできるだけまとめて、部屋を掃除して、洗濯して、買い物もできたら行く。そして、独立記念日だから、バーベキュー+プールパーティーにも行く。だからそのための食べ物の用意もする。
きっと、全部できる。。

そして、日曜日には日本へ飛行機楽しみかわいい
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2009年06月24日

物件を物色。

8月半ばの引越しを目指して、今、物件探しに奔走してます。

今のアパートはオースティンに越して以来、4年住んだ場所。大学からはちょい遠いけど、通学の便は良すぎるわ、閑静ないい住宅街だわ、日々の買い物にも便利だわで、離れられずにいた4年間。でも、もう限界ふらふら

だって、私の給料で一人で住むには家賃高いし、でも古いし(色々物壊れすぎ)、水道代が異常に高いし(本当にどう考えてもおかしい値段!)、住人たちはクレイジーだし(早朝に外で泣き叫ぶ女性や、ランドリーで人の下着を盗む人や、カーステレオの音量がいつも異常に大きく近所迷惑な男女、その他が住んでます・・・)、管理人は不親切だしexclamation

一人で住むのはやっぱり気楽で良いのだけど、次は友達と住むことに。気楽な友達と二人で、2ベッドルーム、2バスルーム(キッチン、リビング、ダイニングは共有)のアパートをシェア。二人で住んだ方が条件も質も良いところを安く借りることができます。しかも、友達と住むことなんて独身で学生の今しかないかもと思うと、最後にもう一度やっとかなきゃ、とかも思ってしまう。彼氏や旦那と住むのとはまた違うもんねー。きっとるんるん

ところが、決めるのはそう簡単ではないもの。
友達と意見が合わないからではなく、条件の問題。友達と私の求める条件はほぼ一緒。でも、それに丁度合うところなんて、どうやらない模様。通学の便がいいかと思ったら治安に不安があったり、広くていいと思ったら、ちょっと高くて通学に難ありだったり・・・。

なかなか「これだ!」ってところには出会えないものの、部屋を見に行く度、「ここにコレ置いて・・・」と配置を考えたり、「ここでバーベキューできる」とか「ダウンタウンに行きやすくていいねー」と楽しみプランを妄想したり。二人であーだこーだ、実は楽しんでます。引越しって相当めんどくさいのに、わくわくするのはなんでなの!

さて、再来週の日本帰国までに、決まるかなぁ・・・。
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2009年05月03日

「世界中の人に自慢したいよ」

また完全復活ライブしてくれると信じてたのに。
また「気持ちE〜」って聴きたかったのに。
「雨上がりの夜空に」を一緒に合唱できると思ってたのに。
またJumpできると思ってたのに。
またマイク投げて受け取るのみたかったのに。
またGodを観れると思ってたのに。

ほんまにほんまにもう生で観れへんなんて・・・。
清志郎、曲聴きながら、ほんまに涙が出ます・・・。
あなたほどかっこいいロックとブルースのおじさんは、日本には他にいません。


大好きな大好きな、「世界中の人に自慢したいよ」。
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2009年03月19日

Big 3-0(さんじゅう)

こんな私も、先週の金曜日(13日)に無事30代に突入しました。ちなみにこっちでは30歳の誕生日のことを「Big 3-0(ビッグスリーオー)」と言います。

cake.jpg

20歳になったその日のことをまだはっきりと覚えているのに、それからあっという間の10年。月日の経つ早さには驚きだけど、20代はその分、色々なことがありましたぴかぴか(新しい)

20代は変化ばっかり。全然安定してないけどとっても充実していて、人生の中での大切な出会いもたくさんあって、本当に悔いなく過ごせたと思う。大学時代は毎日毎日色々なことがあって、人生のうちであんなに楽しい毎日なんてそうないと思うくらいに、楽しんだ。その後、渡米して大学院に入ったけど、まさか20代のほとんどをそのままアメリカで過ごすことになるとは思ってもなかった。決して楽しいだけの留学生活じゃないし、大学院生やってるせいで就職や結婚も遅れてしまうという代償は払ったけど、これが私の選んだ道。もうちょっと頑張れたかもしれない、って思うことはたくさんあるし、自分に満足したことは一度もないけど、20代のうちにやったことに後悔はない、って思う。

孔子によると「30にして立つ」らしいけど、未熟な私はまだまだ何も達成できてないし、自立もできてない。それでも、30代は色んなことをちょっとずつ安定させていきたいな、って思っている。


誕生日当日は、うちで友人たちをよんでパーティーバー最初は彼氏とのディナーを考えていたのだけど、その日の夕方に大学院のリクルートメントパーティーがあって、ケーキやスナックをつまむことはわかっていたので、ディナーは日を改めることに。

うちのリビングに、こんなたくさんの人たちが。
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みんなで一緒にうちでとにかく楽しく誕生日を過ごしたい、っていう私のわがままに付き合ってくれた友人たちに感謝!

相方にも友達にも、プレゼントをいただきました。みなさま、どうもありがとうプレゼント

posted by eiko at 15:28| Comment(3) | TrackBack(0) | Random | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月09日

カウントダウン

ついに20代も残り一週間を切ってしまった。
まだまだだと思ってたから、30代への準備が全然できてませんあせあせ(飛び散る汗)

ジミヘンもジャニスもジム・モリソンもブライアン・ジョーンズもカート・コバーンも、みんな27歳で他界したと初めて知ったとき。「27年も生きていれば彼らのように偉業を達成する人たちもいるんだなぁ」なんて漠然と思っていたのに、偉業なんか一つも達成することなくあっさりと27歳は過ぎ、28歳も過ぎ、29歳を迎えて、数日後にはもう20代が終わる。偉業どころか、学生・未婚・子なし。二十歳になった日と何一つ変わってないのだけど・・・。

ドラマSex and the Cityの中で、キャリーが「Twenty something girlsなんて」と言って、20代女子たちをねたむシーンがある。それを数年前に初めてみたときは、「私はTwenty something girlsだもーん」って、なんか誇らしくさえ思ったりしてたのに、もうあっと言う間に私もキャリー側の人間になる。

・・・とにかく色んな想いやエピソードのせいで、全然心の準備がなってないのだけど、あと数日のTwenty something girl生活を、満喫してみますexclamation
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2009年02月24日

校則より厳しい。。

最近はちょっと書く気にもなれず、気づけばずいぶん久しぶりの更新。特に変わり映えしない毎日で、研究・仕事・週末の夜遊び、ってだけの日々。それでも1週間前の週末はミシガン時代のなつかし友達が遊びに来てくれたので、そのときのことでも書いてみる。

トリニティーという、マトリックスな名前のその友達は、ミシガンを出てニューヨークで働いた後、半年ほど前にサンアントニオに引っ越して来た。ちなみに、サンアントニオは、オースティンから車で一時間くらいの町。引越し後なかなかタイミングが合わなかったのだけど、今回やっとオースティンでの再会が実現。

ところで、その彼女がいきなりこんな近くに引っ越してきた理由は、なんと軍隊に入ったから。栄養士で、かわいくて、背もちっちゃくて、まさか軍隊なんてイメージのない彼女がなんで?と最初は驚いたのだけど、お仕事は軍隊での栄養士。食生活に関するカウンセリングをしてるのだとか。それでも最初は軍隊用の訓練も色々と受けさせられたようで、なんか色々操縦方法も習ったらしい。

今回会ったのは彼女が引っ越してきた10月以来。積もる話をしつつ、軍隊での仕事の話を聞いてたら、色々とびっくり・・・。

なんと言っても、さすが軍隊。「自由の国アメリカ」ではなかなか聞いたことのないような厳格な世界の模様が色々と聞けた。軍隊って決して楽な世界じゃないだろうとは思っていたのだけれど、具体的に規律の厳しさを知ったのは初めて。

栄養士と言えども、仕事中はあの迷彩柄の制服着用義務があり、髪型も指定。見えるわけもないのに、下着の色にまで規則がある。アクセサリーの着用はもちろん禁止。ちょっと一昔前の日本の校則のよう。でも、何より驚いたのは、交際に関する規定。軍隊に入って奨学金をもらうことで大学や大学院に通うという学生は多いのだけど、そういう学生は軍隊内での恋愛はもちろん、友達付き合いもダメなのだとか。私の友達は、一度付き合いかけた男の子が軍人兼大学院生で、軍隊に二人の交際がバレて、交際禁止令が下ったらしい。友達の方はそれで冷めちゃったみたいだけれど、相手の男の子は熱を上げちゃってて諦め切れなかったらしく、バレンタインデーに100本のバラを送ったりしてきたんだとか。冷めちゃった相手からもらう100本ものバラって、困りそうー。交際禁止令みたいな障害がある恋愛って、切ない感じで却って燃えたりしなかったのかなー。友達の方は。

それにしても、交際禁止なんて今の時代聞いたことないし、ましてやアメリカでそんなんがあるなんて驚き。国を守る仕事をする軍隊。やっぱり厳しいんだなぁと感じて、改めてすごい世界にいる人たちだと、見方が変わった。

ちなみに、軍隊の人は8~9割型が既婚者。結婚してないと地位が低く見られるから、だいたいみんな早く結婚しちゃうらしい。友達は独身だから、肩身が狭いよーって言ってた。私には実はそれが一番無理かもー・・・。

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2009年01月14日

ここはアメリカ・・・

一ヶ月の日本滞在を終えて、昨晩アメリカに戻って来た。

周りの人たちに対して、「声でかっ!」って思った瞬間、「アメリカに戻ってきたんだ」と実感。
必要以上に大声でしゃべりまくる人たち。盗み聞きするつもりないけど、会話全部聞き取れちゃいます。機中と言っても、眠れたもんじゃない・・・。

オースティンの空港に着いたら、迎えに来てくれた友人たち(ハイテンション)に、
「イェーイ、おかえりー。今から飲みに行くよー」
と言われた。
えっと。私、29時間くらいの長旅後だし、髪の毛ペッタンコだし、化粧完全にくずれてるし、コンタクトは乾燥でカピカピだし、なんしか疲れててすぐにでもシャワー浴びて寝たいんですけど・・・。

無事にベッドに入れたときは、非常にほっとしました・・・。
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2009年01月06日

祖母が見せた強さ。

私の年末年始のパターンは、毎年だいたい決まっている。
年末は軽音の忘年会、高校の同窓会があって、大晦日に父親の実家へ。親戚たちと大勢での年越し後は、賑やかなお正月。家族がつくお餅でお雑煮にして、祖母と母の作るお節を食べ、初詣に出かける。まだ嫁入りしてない私は、未だに家族と一緒。。

それが。。今年はずいぶんと変わってしまった。

それは突然の知らせ。30日。恒例の高校の同窓会へと向かう途中。祖母が突然倒れて、病院へと運ばれたという弟からの連絡。予定を変更し、父親の実家のある、岐阜へと向かった。

緊急手術の後に、お医者さまから聞かされた話はあまりにも絶望的な内容だった。重い、蜘蛛膜下出血。このままでは脳死の可能性。倒れる前にそんな予兆も何もなく、あまりに突然のことで全員呆然。

80歳の祖母は、私にとってとても近い存在。孫の私が言うのもなんだけれど、とても品があって穏やかで美しい人。とても元気で、週2のペースでスイミングスクールに通い、芸術にも色々取り組んでいる。パソコンも携帯も使っていて、私にも時々メールを送ってくれる。いつも祖母と私は色んな話をする。

そんな元気な祖母が、病で倒れるなんて。家族の誰もが予想だにしていなかったまさかのこと。重篤な状態が続いていて、容態は全く芳しくなかった。奇妙な雰囲気で新年を迎えた。もう長くはない、とみんなが諦めてきているのがわかった。12月半ばに会ったときは、一緒にお出かけもしたのに。まだまだずっと元気でいてくれることを疑ってもいなかったのに・・・。

・・・ところが。


変化が現われたのは、3日の日。いつもよくしゃべる大叔母たち(祖母の義妹たち)がお見舞いに来たときのこと。集中治療室では大声は禁物。それなのに、いつもの調子で大叔母たちが、考えられない大声で祖母に話しかけてしまったらしい。久しぶりに聞いた大声に驚いたのか、なんと祖母はその瞬間、目を開けた。瞬きをして、大叔母たちを見ていたようだった、という。

次の日には、私たちがお見舞いに行ったときもずっと目を開けていて、声をかけるとその方に視線を向ける。どうやら認識している様子。意識が戻る可能性はほぼないと言われた祖母。医者も驚く経過で、奇跡的に快方に向かっているという。

意識が完全に戻るかも。諦めかけていた私達に突然の希望。と同時に、この歳になっても全く衰えを見せない体力と頭と気力を持つ祖母の強さに驚いた。祖母は全く諦めてなかったのに、弱気になっていた自分が恥ずかしい。祖母の強い生命力にただただ感動。その強さは、みんなの予想以上だったようです。

今後の経過はまだわかりません。祖母はほんとに元気だったから、身体に麻痺が残ったり、痴呆が生じたりすることになったら本当に可哀想。今は、ちょっとでも回復してくれることを祈るのみ。

こんな状態で来週、アメリカに戻らなくてはいけないのは、とても心残り。・・・アメリカはやっぱり、遠いです。
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2008年12月16日

里帰り

実はもう日本に帰ってきた。
いつもはもっと年末ぎりぎりなのだけど、今年は航空券の手配の関係で、ちょい早め。長く滞在して日本を満喫できるのが嬉しい。

どうしても日本に帰ってくる度、味わってしまうのは、小人の国に来たような気分。建物やら道路やら駐車場やらちょっとしたスペースやら、とりあえず何もかも、全てが明らかにミニサイズ。
今回ももれなく、町を歩けば、「ちっちゃい!」「せまい!」って思ってるけど、そのこじんまりさにとっても愛着を感じる私はやっぱり日本人。

今週は、アメリカでお世話になってる他大学の先生と食事して研究のアドバイスをもらったり、データセッション(研究会)行ったり、アメフトの試合観に行ったりする予定。月末には、恒例の忘年会や同窓会の予定。そしてその後は、家族との大晦日とお正月。

年末年始の日本。太らないように気をつけなければ・・・。
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2008年11月06日

変革。

歴史的瞬間!オバマ氏の勝利。
私は友達の家での選挙日パーティーで結果を観た。

思い返せばオバマ氏を初めて知ったのは四年前。2004年の大統選の時。ミシガンで友達のうちで結果を見守ってたとき、ケリーの応援演説をするオバマ上院議員を始めて観た。
友達(イリノイ出身)が、「この人、うちの州の上院議員なんだよね〜。私は好きなんだ〜」とか言っていて、へぇ・・・、と思ってテレビを観たのを覚えてる。なぜかそのとき初めて観たオバマ氏の演説が妙に心に残っていた。そのときはその人が四年後に大統領に当選するとは思ってもなかったけども・・・。

オバマ氏の圧勝の報道を見たとき、すごいときにアメリカにいたもんだ、と思った。アメリカ人でもないけど、私はこの日の彼の勝利演説を長い間忘れないだろうな、とか思った。ヒスパニックの血を持つ友達は、彼の勝利演説を聴きながら涙していた。この国に、白人以外の大統領が選ばれる日がこんな早く来るとは思っていなかったらしい(オバマは半分白人ではあるけれど)。演説を生で聴いていた観衆たちの中にも、泣いている人たちがたくさんいたのが印象的だった。本当に多くの人たちにとって、この勝利には大きな意味がある。

四年前には、イラクでの無意味な戦争を起こしたブッシュを再選させたアメリカにほんとにがっかりした。それが今回のオバマ氏当選。ちょっとずつアメリカが変わりつつあるのが目に見える。アメリカ中で、多くの人たちがオバマ氏の勝利に喜んでいる。今まで以上に多くの人たちが投票して、それがこの結果につながった。本当にたくさんの人たちが「変革」に向けて自ら動こうとしているんだ、と感じる。

そういう意味で、これはアメリカにとっての歴史的瞬間なんでしょう。これからの本当の変革に期待あるのみ・・・
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2008年08月21日

時差ぼけ中

今年の夏の日本も、とっても楽しかった。帰ってよかった、としみじみ思った。結構地味に過ごしてたはずなのだけど、最後の方はやっぱり予定ぎゅうぎゅうで、三日連続飲み(うち一日はオール・・・)になったりした。
何かにつけて、もう20代最後・・・と思って感慨深くなる今日この頃だけど、旧友たちと再会して、時間の流れを忘れさせてもらって、とってもリフレッシュしました。特に先週会った軽音の一部の皆さま。会うといつでも大学生のときのように騒げるのは奇跡のようです。

beer
いっつも集まる高校フレンズと行った、黄桜河童カントリーでのビールお試しセットビール伏見の酒造、黄桜が作る地ビールが飲めるお店。周りは町屋が並んでて、雰囲気満点。

飛行機テキサスに戻る旅路は、思いのほか長いものに。
まず、名古屋にて空港で飛行機の出発が遅れるトラブルあり。燃料タンクの故障とかで、離陸前に2時間ほど機中で待たされ、そのためにサンフランシスコでの乗り継ぎ便に乗り遅れることに。
代わりに取れたサンフラン発オースティン行きの便は直行便ではなく、シカゴ経由。しかも、オースティン着は夜11時半ふらふらそれもさらに遅れたから、シカゴで空港を猛ダッシュ。ぎりぎりオースティン行きに間に合った。荷物はやっぱり届かなかったけども。シカゴにて置いてけぼり。

そんな中ちょっと気になったのが、遅れたサンフランシスコ‐シカゴ便での機長によるアナウンス。遅れたことを一応謝った後、「言っておきますが、遅れたのはエンジンのせいであって、私のせいではありません」という内容を付け加えたのには、乗客から苦笑が漏れてました。アメリカ人、言い訳多いよね。。たらーっ(汗)

という感じで、帰って来れたのは朝の1時近かったのだけれど、その日午後から早速現実に逆戻り。
うちの大学院プログラムの新入生オリエンテーションにて、ちょっとだけ話さなければならなかったので、それに出るため大学へ。その後夕方にはダウンタウンのバーにて新入生のためのハッピーアワー。久しぶりにたくさんの学部の友達と再会し、新入生にも会い、楽しかったのだけれど、さすがに時差ぼけで最後はふわふわ。。

さて、明日からまたプロジェクトに戻らなくては。
posted by eiko at 17:31| Comment(2) | TrackBack(0) | Random | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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