2008年11月18日

Give It Up or Turnit a Loose

ただ今、今週末の学会の準備中。様々な人の助言もあって(特にMさん、大感謝!!)、なんとか形になってきた。

今回発表するのは、同じ大学院の同僚との共同研究。インタラクションをミクロに分析する、というのが私がまぁ専門にしている分野なのだけど、ステップやヨガインストラクターの資格保持者の顔も持つ同僚Kが、ステップエクササイズクラスのインタラクションを「ミクロ分析」したい、と言い出したことで始まった。

この共同研究、二人の間ではっきりと役割が分かれている。私が一応インタラクション研究の「専門家」であるのに対し、彼はフィットネスのプロ。私が主に分析を進める一方、外部の者にはわからない、インストラクターとしての内部知識をKが提供する、という役割分担になる。実際、私がまとめたことをKに報告して、意見を聞く、という形だし、発表に関しても、私が発表内容をまとめてパワーポイントを作らせてもらっている。もちろん、話し合いもたくさんしてるし、これは私の専門分野なのだし、これで上手くいっていると思う。

先に述べておくと、Kはコンビとして組むのには最高の同僚かつ友人。教えることにも研究にも精一杯の力を注ぐ頑張り屋。多方面で活躍していて、優秀で尊敬できる人。それなのに決して威張ったりしない素晴らしい人格の持ち主なので、対等に向き合える相手でもある。
そんなKとだから、私は話し合いでも言いたいことを言わせてもらっている。これ以上ないくらい一緒に仕事しやすい相手だと思う。

だけど、そんな相手とだから余計に、いかに共同作業というのが難しいものかを実感するのも事実。

Kは量的研究が専門なので、私とは違う視点を持っている。量的研究は、いわば自分の知りたい因果関係だけを選別して分析することができる。原因と結果の両方の要因を変数として定めて、それに基づいてデータを集める。

それに対して、私のやるのは質的研究。データが先に存在し、データの中で起こっていることを「発見」するのが目的。自分が見たいと思う現象をあらかじめ決めるのではなく、実際のインタラクションを録画したデータを緻密に分析して、普段では見えない現象を探している。

ということで、バックグラウンドも目的も違う二人。データの中で起こっていることのみを指摘する者と、自らの経験から、ステップエクササイズインストラクターの意図や動機について話したがる者。そりゃ、ちょっとした意見の食い違いくらい、起こりますとも。

こないだも、結構もめる瞬間があって「この状態が続くことになれば、コンビ解散?」という気持ちがふと頭をよぎったりも。ほんと、どんなに心の広い相手とでも、共同作業とは難しいものです。

でも、そこはKの素晴らしいところで「この分野を専門にしてるのはエイコなんだから、信じて従うよ」と最後には折れてくれる。「このプロジェクトを実現させてくれてありがとう」とかさえ言ってくれる。ほんっと、出来た人もうやだ〜(悲しい顔)だから色々な方面でそんなにも優秀なのね、兄さん!私は絶対あなたのようにはなれません!!

この研究法に精通しているのは私であり、相手はその点は私に「頼らなければならない」ということ。だけども、私も相手の意向は無視できないということ。とは言え、私にも「こうしたい」という欲が出てきてしまったということ。私はインタラクションを研究したいけど、相手はインストラクターが指導で実際に使えるコミュニケーションテクを探したいと思っている、ということ。

・・・なんだかいろんな要素が絡み合って、なかなか素直にデータと向き合えない状態が長いこと続いていた。「こうだとあまりにもインタラクションの研究すぎちゃうけど、これだとフィットネスのクラス自体の研究になりすぎちゃうなぁ」とか。

でも、きっと向こうにもたくさんジレンマがある。ならば相手に変に気を使っても何も進まないだろうし、いいものなんてできないし、自分が楽しめる研究だって出来ない。しかも発表は今週末。今はもう勝手にやっちゃっている。実は。先輩のアドバイスも受けて。だって、フィットネスのクラスのインタラクション研究、意外とおもしろいのだもの。やってみたら。

K、先週の打ち合わせから内容が若干変わってるけど、驚かないでね(笑)。発表当日までには、ちゃんと報告するからわーい(嬉しい顔)

ということで、今週末はサンディエゴ。楽しみ〜ぴかぴか(新しい)


posted by eiko at 12:59| Comment(4) | TrackBack(0) | Graduate student life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そうですか。
読んでて思ったのは、
「でもこれはこれ以上ない学ぶ場だなあ」ということです。
質的な研究の視点と量的な研究の視点の両方で研究を進めてて、対立がないわけないですよね。でも、同じ対象を一度に両方の視点から研究できる、そのプロセスってものすごい学びの場だろうなあと思いました。
僕、ある意味、依拠する研究方法って、力に近いものだと思うんですよ。知ってれば、その研究方法に関連したものが理解できる。知らないとできない。
その方法を知らないと、知っている人に、えいこさんの言うとおり、頼らないといけないわけで。
上記の研究の場合は、質的な研究が根本で始まってるようですけど、完全に白紙から、違った観点から研究始めたら、とんでもないことになるでしょうね。
でもやっぱりそのプロセスってすごくためになるんだろうなあ、と思いました。
いつかやってみよーっと。
すごくためになりました!
Kさん、多分俺知ってますね。
いやあ、あの人は人格者っぽいですね。
それでは楽しんできてください!生徒は任せてください。「なんだよ今井かよ。」と思われないように頑張ります!
Posted by いまい at 2008年11月18日 18:18
>いまいくん
そうなのー。同じ分野の知識を持った人たちとの共同研究ももちろん勉強になるし楽しいけど、違うアプローチをする人と、同じ題材について話するのは本当に発見が多いと思う。
違う視点を持つ人と話すことで、逆に自分が何をどういう視点で研究しようとしているのかが見えてくるっていうか。「敵を知って己を知る」じゃないけど、そんな感じ。
今回は完全に私の分野からでのプロジェクトだけど、同じトピックを違う方法で取り組むコラボレーションもおもしろそうやんね。
今週、ちょうど日本から学者さんたちが来ていて、その発表を聞きにいったんやけど、彼らのやってるのがちょうどそんな感じだったよ。三人が三人とも違うDisciplineの研究者たちで、一つの状況を全然違うところから研究してるの。まず使ってるボキャブラリーやコンセプトのずれなどを確認し合うのが最初だったらしくって、それにすごく時間がかかった、って話しておられました。
でも、その三人の研究がうまく統合できたら、おもしろい発見が出来そうやんね!
Posted by エイコ at 2008年11月20日 13:41
なるほど。

日本にいたときに、学際的研究についてちょこっと勉強したことがあって、東大とかで行われてるようでした。
当たり前ですが、いろんな分野の研究方法と研究対象の知識を全て分かっていないと、そんなことできないんですけどね。
まあ、天才か、寝る間も惜しんで勉強しないと無理でしょうね。
なんか最近コラボレーションとか、はやってるのかもしれないけど、僕は懐疑的です。だって、本当に価値観を(依拠してる根本レベルで)擦り合せることって、とても難しいことだと思うんですよ。
でも、僕らのやってる学問の性質上、避けては通れないトピックだと思うので、いずれは学際的なアプローチをしてみたいですね。
日本のコミュニケーション学では、多分、本当に先の話になると思うので、(わからんけど)そのときに自分が貢献できてたらいいなあと思います。
同じコミュニケーション学の本に、えいこさんと俺がそれぞれの専門で載ったら、すごいですね。Austin (MSUか)万歳ですね。

長くなりました。
おやすみなさい。
Posted by いまい at 2008年11月20日 17:26
>いまいくん
学会中は、TAのこと、ほんとお世話になりました。色々代わってもらって、本当にどうもありがとう!

研究って、研究者のためだけの研究、ってことになっちゃうと、きっと価値観の違いとかで食い違いがおきちゃって難しいだろうね。私も、他のアプローチに懐疑的になっちゃいそう。。
でも、もしうちらの研究を、研究者のためだけのものでなくて、もっと広く一般的に受け入れてもらえるようなものにできるとしたら、一つのアプローチではカバーしきれない部分を他が補う、って形でうまく一つの大きなものを作ることができるかもしれないよね。そういう形だったら、きっと別のアプローチ同士でのコラボって、すごい意義があるだろうなぁ。

将来、同じコミュニケーション学の本にお互いが載る・・・。おもしろそう!お互い偉くなったら(いつのことやら。。)、ぜひ実現させましょ!!
Posted by エイコ at 2008年11月29日 17:46
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