2010年01月29日

かるちゃーしょっく?

気になるほどのことでもないと思いながらも、どうしても気になっている自分がいます。それは、気になってることがおもしろいとも、思ってしまうようなこと・・・。

私のルームメイト(非日本人)、私のお茶碗におつまみやお菓子を入れて使うんです。そのお茶碗を「ライスボウル」だと知りながら、ライス以外のものを入れることに抵抗がない、ということです。ルームメイトとはもちろん、食器類やキッチン器具系やリビングの家具など、お互いの物はシェア。その中で、一つだけその子が使用法を間違っているもの。それが私のお茶碗です。

でも、これは考えてみなくとも当たり前のこと。私たち日本人にとっては、お茶碗はご飯をよそうもの。というか、ご飯「しか」つがないもの。お茶碗の形を見ただけで、すぐに茶碗だとわかる。他のものを入れて使用したことなんてないし、むしろ他のものを入れようなんて考えもつかない。お茶碗がないときに、お汁用のお椀を代用することはあっても、お茶碗にお味噌汁はつがない・・・よね?

そういった感覚が他の文化で育った人にはなくてごくごく当然。例えば花瓶を初めて目にした人が、それを大きなグラスだと思うことだって、こっちからすればおかしいけど、当たり前のこと。それなのに、目の当たりにすると、やっぱりびっくりする。ルームメイトがお茶碗に他のものを入れていたことがまず第一のショック。そして、彼女にとってはそれは「他のボウル類と一緒に見える」ということを知ったことが第二のショック。。ルームメイトがお茶碗にフツーにピスタチオを盛ったりしているのを最初に目にしたとき、それに違和感を感じてる自分に気づいたとき、「はっ」としたわけです。

私たち日本人の「お茶碗=ご飯専用のお椀」の感覚がいかに強いか、ということ。当たり前だけど、当たり前すぎて気づいてなかったことに気づきました。。。

お茶碗にピスタチオを盛るなんて、私にとってはワイングラスで牛乳を飲むようなもの。それか、マグカップでビールを飲むようなもの?いえいえ、お猪口にソースを入れるようなもの?(気づけば例えがぜーんぶお酒関連・・・。。)

物に対する概念というのは、物を日常に使う生活の中、その生活がある文化の中で培われてゆくもの。それを改めて実感させてくれた、そんなルームメイトの一行動でした。


posted by eiko at 11:37| Comment(6) | TrackBack(0) | Culture | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月22日

成績はモチベーションのために。

新学期が始まって、まずは最初の一週間が終わりました。今学期も、あるコミュニケーションのクラスを2コマ教えます。これで三学期目。そして、最後。

今学期このクラスを教えるにあたって、目標の一つ:学生に「成績は努力への動機となるべきで、目的と考えるべきでない」ということをわかってもらいたい、ということ。そのために、どうするか。それは大きな課題。

先学期、採点でとーっても苦労した。原因は、先々学期と大きく変わった採点システム。私が教えてるのと同じ授業は他にも幾つも開講されていて、合計で15人から20人くらいの大学院生が同じ内容の他の授業を受け持っている。みんなが同じ採点システムをもちろん使っているんだけれど、先々学期までは採点基準が全体的に甘かったらしく、多くのクラスでほとんどの学生がA、という結果になっていた。そのことに、この授業の講師たちを仕切ってる教授がついに切れて・・・。先学期の頭、その教授からの厳しいお達しが。

「成績を厳しくつけろ」と。とにかく厳しくしろ、と。

学生に課されるのはプレゼン4つ、試験2つ、小テスト15、小ペーパー3つ。これらの採点を全部厳しくしろとのこと。なんでも、一クラスにつき、Aを5人までに留め、Cがクラス平均になるように成績をつけろ、と。大学の評価の仕方は絶対評価であるべきなのに、これじゃあまるで相対評価。この方針には、講師みんな不満があったみたいだった。

当然、講師だけでなく学生にも大きな影響が。厳しい採点は、不公平な採点だと思われてしまいがち。点数に不満を持ったり、成績を心配したりする学生たちがたくさん相談に来るようになった。一人一人とたくさんたくさん話し合って、何でその成績がついたか説明したり何をすべきかアドバイスしたり一緒に考えたり。私と学生との軽いバトルが、しょっちゅう繰り広げられることになった。

その中で、なるべく明確に説明しようと思っていたことは一つ。成績をメインに考えるのではなく、どうしたらより良いスピーチができるか、それをメインの目標にしてほしい、ということ(ちなみにスピーチについて学ぶクラスです)。学習、ということに焦点を当ててほしい、ということ。

学生達と頻繁に話すのは時間もとられるし、精神的に疲れることも多かったけど、得るものもたくさんあったと思う。話を聞いて、どのように授業を進めたら学生が自分で答えを見つけられるようになるのか、わかった。多くの学生の声を聞くことができ、自分の考えを聞いてもらうこともでき、自分の教え方にも向き合う機会が持てた。
学生も成績を伸ばすのに必死なのだから、私もいい授業ができるよう必死でなければ。厳しい採点基準が招いたのは悪いことばかりではなくて ― より努力しようと頑張る学生が増えたし、私も学生の納得のいく授業・採点をもっともっと心がけるようになった。最初は不満だったけど、今ではこの試練を与えてくれた教授に感謝すら?してます。そっか。厳しく評価することは、学生にとっても講師にとっても、いいことがあるんだ。苦労も多いけどさ・・・。

いろんな学生がいる。最後までわかってくれなかった学生も、もちろんいた。学期中に一度も相談に来なかったし、努力のかけらも見せなかったのに、最後になって文句を言う、というタイプの学生。努力せずしてはいい成績がつかないのは当たり前。そういう学生はどこにでもいるし、気分は良くないけど、ある意味仕方がない・・・。
一方で、努力したにも関わらずAを取れなくても、最後は満足してくれた学生もいた。「たくさん学べたよ」と言ってくれた言葉は、キラキラ。輝いて聞こえた。そんな学生が、たとえAに終わらなくても満足できたのは、努力したから。それこそ、成績よりも学ぶことを中心目標にできた学生。本当の授業の意義を見出せたそんなタイプの学生は、この先いろんな成功が待ってる、と願ってます。努力せずしていい成績を取ることだけに執着する点取り虫タイプの学生よりも・・・。

この授業をUTで教えるのは今学期最後。たぶんまた採点では苦労することになると思うけど、先学期の経験をもとに、私にとっても学びの場だと信じて、精一杯頑張るつもり♪2コマどちらのクラスにも、同じだけの努力と精力と愛情を注いで・・・。
posted by eiko at 23:16| Comment(6) | TrackBack(0) | Graduate student life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月09日

今年最初

新年最初のエントリーがこんなに遅くなってしまいました。

去年の暮れは、日本に帰ってきてすぐに母親と妹と有馬温泉行ったり、所用で東京に行ったり。風邪でその後は寝込んだり。でも無事にいつものように年越しるんるん

去年は一年間、最初から最後まで今までにないくらいたくさんの出来事がありました。「こんなことがほんとに起こるの?」と信じられないことも。最後には良い方向にすべて片づいたかなぁと思っていた矢先、元旦にパソコンが壊れ(私の脳みその半分が失われました・・・)、そしてさらに大きなびっくりが。なんだか前途多難な感じだけれど、今年はついに卒業、そして願わくば就職、という大きな目標があるので、またいろいろ起こりそう。というか、いろいろ自分で起こさなきゃならない年になります。

日本での年末年始の話はまた改めて。あと数日でまたオースティンに戻ります飛行機
posted by eiko at 01:43| Comment(6) | TrackBack(0) | Random | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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