2009年07月23日

Tokyo fun

17日金曜日から三泊四日の、とーーっても楽しい東京滞在。行ってよかったexclamation

金曜日。東京に着くなり、早速、H先生とのミーティング@麻布十番。お茶しながら、論文のことを色々と相談させてもらった。
その後、とある大学にて、とある先生の、とある授業にお邪魔させてもらう。おもしろかったのに、たった2時間だけだったのが残念。
飲み会を経て、ぼのさんのおうちへ。またちょっと飲みながらお話して、就寝。

土曜日。朝早くに集合。ミシガン時代の人たちと八ヶ岳までキャンプに。Daiくんやヨシくんと再会。渋滞の後、やっとたどり着いたのは、大自然の山の中。とても気持ちいい。
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着いてすぐに、みんなで準備。

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もちろんバーベキュー。とビール。食べきれないほどの食料を焼く。そのうち、罰ゲームで食べる、という程まで余る・・・。

夜になったらあまりにも真っ暗なので、肝試し的なことをしたらモバQ、ほんとに恐いことになりかけて全員で焦る。みんな無事でよかったー。
深夜ごろ就寝。7人で寝たらテントがあまりにもぎゅうぎゅうで、隣の人が近すぎ。笑けてなかなか寝付けなかった。
初対面の人もいたのに、すごく楽しめた。誘ってくれて感謝!

日曜日。夕方に東京に戻って来て、大学時代の友達のおうちへ家。友達二人+その子供たち(女の子3人)と会う。二人は働く綺麗なお母さんたち。子供たちが周りで遊ぶ中、大人たちは晩御飯+飲み。私にとっては、こんな形式はあまりないこと。子供たちがかわいすぎて、ついつい絡む。子供ほしい気持ちが、また高まりました。

それから、大学軽音時代の後輩(バンマス)のおうちへ。もう深夜近くだったのにも関わらず、amyもよんで、3人で朝3時くらいまで飲んだ。amyとはすっごい久しぶり!6年前の最後のライブ以来かな、と話しつつ、3人で色んなことを語る。ずっと笑いっぱなし。バンマスはいつ会ってもお腹痛くなるまで笑わせてくれる。今回も期待を裏切らず!

月曜日は祝日。大学軽音時代の先輩524さんと、月島にて初もんじゃ。
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もんじゃは確かに、なんか頼んない感じ。おいしかったけど、meal、ってよりかはおつまみかな。
先輩の新居にもお邪魔した。海の間近くの新築高層マンション。23階からの景色はすっごいよくて、感動。かわいい奥さんがいて、ゴージャスな新居があって・・・社会人と学生との違いを実感。私も早く学生脱出したいよぉ。

最後の最後は、ミシガン時代のmktさんとの再会。mktさんは色んな意味で変わってない。いえ、そこがいいんです。
結局、お台場の巨大ガンダムを見に行く。実物大の18メートルとか?ほんと巨大!
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こういうのを真剣に作っちゃう日本の大人の遊び心がステキ。

いろいろ話ながら食事をして、帰路へ。京都に無事帰って来た。

前回の帰国以来、充実してたけど、不安や不満も生まれて珍しくソワソワしちゃった半年間だったので、ほんとに早く、会いたい人たちに会いたいと思っていた。だから今回、東京で誰と会ってるときも最高に楽しくってほっとして、「いいなぁ、会いたい人たちがまだまだたくさんいて、こんなに楽しいなら、東京にしばらく住んでみたいなー」と思った。早く卒業したくて堪らない今日この頃だけど、早く卒業して働きたい気持ちが更に高まった東京滞在でした。

次東京に行くときは、大学の就職の面接で・・・なんてことだったら本当に嬉しいのだけど、さて、どうなることか。。


posted by eiko at 13:13| Comment(5) | TrackBack(0) | Travel (Japan) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月17日

ニシへヒガシへ

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祇園祭。京都人にとっては、何歳になっても特別なお祭り。
今年は14日、宵々々山に行ってきた。
まだ宵々々山とあって、人も少なめ(と言っても、多いのだけど)。

そして、明日からは所用で東へ行きます。
久しぶりの東京新幹線
posted by eiko at 02:21| Comment(4) | TrackBack(0) | Travel (Japan) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月09日

介護と医療は別物?

世の中の多くのことは、自分が身近に体験するまでは知らなかったりするもの。身近に起こって初めて、現実を知る、ということは多いものです。

去年の暮れに祖母がクモ膜下出血で突然倒れて、早7ヶ月。まだ意識が戻らず、それっきりずっと寝たまま。倒れたときは1ヶ月しかもたないと言われたので、この奇跡的な祖母の頑張りには驚くばかり。自発呼吸もできるようになって、呼吸器を外した。意識はないものの、口を動かしたり目を開けたりの反応は見せる。容態も安定している。でも、もうこれ以上治療できることはなく、後はどれだけ祖母がこの状態を維持できるか、ということのみ。私にとってとても近い存在の大事な大事な祖母。こちら側のエゴかもしれないけれど、やっぱりどんな形であれ、生きていてほしいと思っている。

ところが、こういう状態になって、とっても困った事態に直面した。

祖母の入院歴は7ヶ月。今の医療制度では、入院日数が一定以上になると、病院に支払われる診療報酬がぐっと下がる。もうこれ以上回復の見込みがない患者が長く病床をふさいでいては、新しく緊急搬送される患者を受け入れられないだけでなく、病院側の採算も合わない。ということで、病院側から転院を促されてるというわけ。

転院先が簡単に見つかるなら、まだいい。問題は祖母のように、もう治療ができない寝たきりで意識のない「療養型」の患者を受け入れる病院がないということ。あってもベッドの数が限られていて、なかなか空かないということ(空くということは、患者が一人亡くなるということなのも複雑な話)。慢性的に療養型の患者では病院側に入る報酬が少ないから、というのが簡単な話なのだけど、これは近年改訂された国の制度のせい。寝たきりで介護を必要とする患者は増える一方なのに、採算が合わないという理由で療養病床を削減しようとしている、矛盾した方針。治る見込みのない寝たきりの病人は早く死んでしまえ、とでもいうことなのか。理解に苦しみます。

ここ数日、家族で色々話を聞きに行ったりして、やっと一時的な受け入れ先が決まった。祖母は、医療保険も介護保険も適用できない有料老人ホームへとりあえず入ることになったのだけど、それは幸運にも祖母に金銭的余裕があったから。長い目で見て、祖母の場合も保険が適用される施設へ移れるまで待つことになる。保険が適用できない高額の施設に入れない人は多く、そういう人たちは数ヶ月から数年、ベッドが空くまで自宅介護という形で待つことになるのだとか。それでも、自宅まで来てくれる看護師さんやヘルパーさんの手は全然足りていないのが現状で、寝る間もなく家族が付きっきりで介護している、という場合が多いのだそう。それでは逆に、家族の方が介護に疲れて病気になってしまいます。

国民のための医療、からはほど遠い現実。今までは自分には関係がないと思っていて、知ろうとすらしなかったそんな状況を垣間見て、衝撃でした。もっと早く知っていたら、私もそういった介護の現場を支えるお仕事を志せたかもしれないのに。こんな私でも出来ることは何かないか。これからどんどんお年寄りが増えていく中にあって、こんな状況が続くのは本当に大問題です。
posted by eiko at 17:34| Comment(3) | TrackBack(0) | Random | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月04日

帰国の前日

金曜日。
博士論文のプロポーザルを仕上げて、教授に提出しに行って、その後、やっと決定したアパートの契約に行った。ここ最近、論文+アパート訪問、の繰り返しの毎日だったから、やっとこの二つが片付いて嬉しい!

今日はミーティングして、荷造りして、引越し用に荷物もできるだけまとめて、部屋を掃除して、洗濯して、買い物もできたら行く。そして、独立記念日だから、バーベキュー+プールパーティーにも行く。だからそのための食べ物の用意もする。
きっと、全部できる。。

そして、日曜日には日本へ飛行機楽しみかわいい
posted by eiko at 17:05| Comment(4) | TrackBack(0) | Random | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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