2009年01月25日

教室と学生たちと私。

オバマ新大統領が誕生して、アメリカが湧き立った一週間。
うちの大学では、新学期が始まって、キャンパス中なんだかせわしなかった一週間。
そんな今週は、新しく教えることになったコミュニケーション学の授業が開始したりして、私にとってもちょっとドキドキの一週間だった。

全く自分一人でクラスを受け持ついうのは、実は今回が初めて。日本語を教えてたときも、教授の授業のTA(ティーチングアシスタント)をしてたときも、一人でクラスを担当してたのではなかった。代講をしたこともあるけど、ゲストという立場なんて気楽なもんだった。今回初めて「担当講師」の欄に自分の名前が入り、授業内容を考えたり、教えたり、成績をつけたり。権限は全部自分にあるこの自由さと責任の重さ!

「プロフェッショナル・コミュニケーション・スキル」と題されたそのクラス。その担当講師は、全くプロフェッショナルでもなく、スピーチが得意なわけでもなく、コミュニケーション能力が優れているわけでもない。しかも、リーダーシップ力、ゼロ。気が利かず、人の世話をするのも苦手。

始まる前は「ほんとにいいんかしら」「大丈夫かしら」とか思ってたりしたのだけど、実際始まってみたら、予想外。「コミュニケーション」について話しだしたらおもしろくて、ベラベラと色んなこと話してしまう。自分の学んだことや興味を人に伝えるのって、実は楽しいのかな。

学生にも恵まれたかもしれない。授業中に質問を投げかけたら、幾つも手が挙がる。初日にジェスチャーを使って自己紹介、というアクティビティーをしたら、クリエイティブなジェスチャーを使って自分の趣味を説明してくれたり。頭柔らかそうな学生が多そう。大学院生が二人いるんだけど、まだ何も知らない一回生なんかには、いい刺激になっていいのかもしれない。

教えるのは興味ない好きじゃない向いてない、学生の相手なんてめんどくさい、と言い張ってきた私。確かに、世界で一番興味があることではないかもしれない。でも、もしかしたらそう悪いことでもないのかも、と思い始めている。

まだ一週間目なのに、気が早いかな。後に、成績にいちゃもんつける学生が登場して、嫌にならなければいいけど・・・。


posted by eiko at 01:38| Comment(6) | TrackBack(0) | Graduate student life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月16日

兼用の文化

日本帰国中、何度か参加させていただいてる関西の研究会のデータセッションにて、自分のデータを発表させてもらう機会があった。先月、同じ研究会に行った際、主催者の先生から「ヤスイさんが渡米する前にもう一度やりましょう」と言っていただけたのがきっかけ。

データセッションとは、ビデオに録られたあらゆる種類の会話などのデータについて、みんなであれやこれや推論し合う、というとってもマニアックな会。会話などのインタラクションをこまかーく丁寧に分析していくことで、普通では気づき得ないことがたくさん見えて来ます。

今回提供したデータは、私がオースティンの自宅のダイニングで撮影したもの。幸い参加者たちの興味をそそってくれたらしく、議論は白熱。1時過ぎに始まって、7時半くらいまで絶えることなく展開された。なんとその約6時間半で議論されたのは、たった15秒くらいの会話の断片。秒単位で何度も何度もビデオを再生。これって相当マニアック。。でも、私一人では全く発見できなかったことが、かなり深いレベルでたくさん出てきて、目からウロコ!

ところで、後の飲み会にて「なぜアメリカ行ってる人のデータには、ダイニングテーブルを囲んでの会話データが多いのか」という話になった。とある先生が、「アメリカに行ってる人のデータには、なんとなく共通点があるんだよねぇ」と言って、ダイニングテーブルの存在を指摘したことから始まった話題。みなさんは、
「やっぱりアメリカは夕食パーティーが多いってことだねぇ」とか、
「ダイニングテーブルが単身用アパートにも置けるくらい、広いってことだねぇ」とか、
色々言っておられました。

まぁ、アメリカにはこたつテーブルなるものはないから当たり前と言えば当たり前なのだけど、よく考えると、単身用アパートでのダイニングテーブルって、結構微妙なモノ。食べるためだけのテーブルの存在なんて、実は全然必要ない。

日本だと、一人暮らしの場合、こたつテーブル(かその類)っていう、勉強机にもちゃぶ台にもなっちゃ便利な物があって、ダイニングテーブルは必ずしも買わなければならないものじゃない。それがアメリカだと、テーブルの兼用、って概念ってあまりない気がする。ダイニングにはダイニングテーブル、リビングにはコーヒーテーブル、書斎には勉強用机がある。私のアパートにもリビングの端で、キッチンの向かいのとこにはダイニングスペースなるものがあって、ダイニングテーブルを置くためだけの空間がある。しかも、2人掛け用でなく4人掛けくらいのダイニングテーブルを置いている。食べるためだけのテーブルやソファ座るときのためだけのテーブルが必要だなんて、よく考えたら結構不便。こたつテーブル一つあれば、全て事足りるというのに!なんなら、こたつテーブルで勉強もしちゃうよー。

日本では部屋の兼用もできて、布団を広げれば居間を寝室にすることも可能。でも、アメリカではリビングにベッドが置いてあることなんてない。目的別に部屋がわかれていて、目的別に家具が置いてある。一戸建ての家だったら、「ゲームするための部屋」とか「映画観るためだけの部屋」とかがあるところもある。そんなん、リビングのテレビでしたらいいやん!

結局、アメリカは広いから、兼用なんて必要ないということでしょう・・・。
posted by eiko at 09:36| Comment(5) | TrackBack(0) | Culture | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月14日

ここはアメリカ・・・

一ヶ月の日本滞在を終えて、昨晩アメリカに戻って来た。

周りの人たちに対して、「声でかっ!」って思った瞬間、「アメリカに戻ってきたんだ」と実感。
必要以上に大声でしゃべりまくる人たち。盗み聞きするつもりないけど、会話全部聞き取れちゃいます。機中と言っても、眠れたもんじゃない・・・。

オースティンの空港に着いたら、迎えに来てくれた友人たち(ハイテンション)に、
「イェーイ、おかえりー。今から飲みに行くよー」
と言われた。
えっと。私、29時間くらいの長旅後だし、髪の毛ペッタンコだし、化粧完全にくずれてるし、コンタクトは乾燥でカピカピだし、なんしか疲れててすぐにでもシャワー浴びて寝たいんですけど・・・。

無事にベッドに入れたときは、非常にほっとしました・・・。
posted by eiko at 15:16| Comment(4) | TrackBack(0) | Random | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月06日

祖母が見せた強さ。

私の年末年始のパターンは、毎年だいたい決まっている。
年末は軽音の忘年会、高校の同窓会があって、大晦日に父親の実家へ。親戚たちと大勢での年越し後は、賑やかなお正月。家族がつくお餅でお雑煮にして、祖母と母の作るお節を食べ、初詣に出かける。まだ嫁入りしてない私は、未だに家族と一緒。。

それが。。今年はずいぶんと変わってしまった。

それは突然の知らせ。30日。恒例の高校の同窓会へと向かう途中。祖母が突然倒れて、病院へと運ばれたという弟からの連絡。予定を変更し、父親の実家のある、岐阜へと向かった。

緊急手術の後に、お医者さまから聞かされた話はあまりにも絶望的な内容だった。重い、蜘蛛膜下出血。このままでは脳死の可能性。倒れる前にそんな予兆も何もなく、あまりに突然のことで全員呆然。

80歳の祖母は、私にとってとても近い存在。孫の私が言うのもなんだけれど、とても品があって穏やかで美しい人。とても元気で、週2のペースでスイミングスクールに通い、芸術にも色々取り組んでいる。パソコンも携帯も使っていて、私にも時々メールを送ってくれる。いつも祖母と私は色んな話をする。

そんな元気な祖母が、病で倒れるなんて。家族の誰もが予想だにしていなかったまさかのこと。重篤な状態が続いていて、容態は全く芳しくなかった。奇妙な雰囲気で新年を迎えた。もう長くはない、とみんなが諦めてきているのがわかった。12月半ばに会ったときは、一緒にお出かけもしたのに。まだまだずっと元気でいてくれることを疑ってもいなかったのに・・・。

・・・ところが。


変化が現われたのは、3日の日。いつもよくしゃべる大叔母たち(祖母の義妹たち)がお見舞いに来たときのこと。集中治療室では大声は禁物。それなのに、いつもの調子で大叔母たちが、考えられない大声で祖母に話しかけてしまったらしい。久しぶりに聞いた大声に驚いたのか、なんと祖母はその瞬間、目を開けた。瞬きをして、大叔母たちを見ていたようだった、という。

次の日には、私たちがお見舞いに行ったときもずっと目を開けていて、声をかけるとその方に視線を向ける。どうやら認識している様子。意識が戻る可能性はほぼないと言われた祖母。医者も驚く経過で、奇跡的に快方に向かっているという。

意識が完全に戻るかも。諦めかけていた私達に突然の希望。と同時に、この歳になっても全く衰えを見せない体力と頭と気力を持つ祖母の強さに驚いた。祖母は全く諦めてなかったのに、弱気になっていた自分が恥ずかしい。祖母の強い生命力にただただ感動。その強さは、みんなの予想以上だったようです。

今後の経過はまだわかりません。祖母はほんとに元気だったから、身体に麻痺が残ったり、痴呆が生じたりすることになったら本当に可哀想。今は、ちょっとでも回復してくれることを祈るのみ。

こんな状態で来週、アメリカに戻らなくてはいけないのは、とても心残り。・・・アメリカはやっぱり、遠いです。
posted by eiko at 23:57| Comment(8) | TrackBack(0) | Random | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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